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第三章・情事のあと。(1)
(四)
優しい鍵盤の旋律が聞こえる。
“何も心配事はない。“
そう語りかけてくるような優しい旋律は、まるでアマデウスの心ごと包み込んでくれるブランケットのようだ。
こんなに安らかな気分になったのは何年ぶりだろう。少なくとも兄達が次々とこの世を去ってからはこれほどの安らぎなんて感じた事はなかった。
ほうっと静かに息を吐き、頬ずりすると滑らかな生地が触れる。
全身を包むシルクの柔らかな触り心地も気に入った。
アマデウスは鼻から息を取り込み、深い深呼吸を繰り返す。
するとどこからかムスクの香りが漂ってくる。鼻孔をくすぐるこの匂いも嫌いではない。
背筋をうんと伸ばして赤目 を開けると、途端にピアノの音が止んだ。
開けた視界の先には、ピアノの椅子に座っているシルエットが見えた。その人物はまるで先ほどまで奏でられていた鍵盤の音色のようだ。テラスが見える窓越しから届く柔らかな月光を浴びた姿は儚さを感じさせながらも雄々しい力強さと美があった。
今だけはここがどこで自分は何故ここにいるのかなんてどうだっていい。ただ、鍵盤から奏でられる優しい音の旋律をもっと聴いていたい。アマデウスはそう思った。
「もう弾かないの? もっと聴きたかったのに――」
アマデウスがベッドから起き上がる。身体を包み込んでいたブランケットがふんわりと滑らかな皺をつくり、腰のあたりまで滑り落ちていく……。
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