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第三章・情事のあと。(2)

「聴きたいのか?」 「聴かせて……」  アマデウスは嗄れた声でアンコールを強請ってみせる。ピアノの椅子に座っているシルエットは思ってもみなかったアンコールに若干の驚きを見せた後、静かに口を開いた。 「――そうか」  彼の言い方は至極ぶっきらぼうだ。しかし表情は違う。けっして凍てついた氷のようではなく、とても優しいものだった。  ――そう。まるで今、自分を包み込んでくれているあたたかいブランケットのように……。  彼の薄い唇が孤を描く。微笑を目にした瞬間、アマデウスの胸がほんの僅かに震えた。おかげで何も言えなくなってしまう。  優しい指先の運び。奏でられるその旋律は同一人物かと見違うほど繊細で優しい。それなのに、肉体は正反対だ。広い肩に、雄々しく力強い、引き締まった身体。腰まである波打つ艶やかな髪。均衡のとれた顔立ちをした美しい男性。月光はまるでその彼を讃えているかのようだ。小さな光る粒子となって包み込んでいる。  アマデウスは目の前にいる一人の男性にただ目を奪われていた。  ――しかしそれは長くは続かなかった。それというのも、二人だけだと思っていた部屋に新たな人物が登場したからだ。  鍵盤の上を滑らかに動いていた指が止まる。同時に優雅なメロディーが消えた。 「いいところ邪魔するで! 大変や! ベルゼブルがこっちに向かって来とる!」  忙しない足音が近づいたと思えば、新たな人物の登場によって大きく扉が開かれた。

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