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第三章・情事のあと。(3)

 シンクレアだ。バルコニーから漏れる月明かりだけでも判るほど、彼女の表情は緊張で固く強ばっている。  いいところでもなんでもないと口を挟もうとしたアマデウスは、シンクレアの真剣な表情にはっとした。  目の前の紛い物に心を奪われ、今の今まで起こった出来事の全てをすっかり頭から切り離してしまっていたからだ。  そう、――。  果たしてベルゼブルに捕らわれてからこうしている今まで、いったい何日が経過したのだろう。  ベルゼブルに捕らわれたあの日、アマデウスは彼を追い、問い詰めた結果、兄を殺したのは自分だと自白した。  全ては王という地位と、そしてアマデウスを手に入れるためにだったと――。  だからアマデウスは兄の仇を討とうとした。しかし上位階級である彼には力押しでは敵わなかった。逆に捕らわれの身となってしまったのだ。  思い出すだけでもおぞましい。アマデウス自らベルゼブルを求めるまで精気を得ることができず、ただ屈辱を受け続けていた。  しかし今はどうだろう。  アマデウスは今、魔力、体力、精神がとても満たされている状態だ。一般人(ユマン)から精気を奪ったならばまずここまでの回復は不可能だ。  ここにベルゼブルの姿はない。――ということはつまり、この紛い物に抱かれたかもしれないということだ。

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