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第三章・情事のあと。(5)

 望んでもいない相手に抱かれた恨みや憎しみ。  兄達が殺された悲しみ。  本来ならば仇を討つべきであるベルゼブル相手にあられもない姿で拘束された屈辱。  ――そして、ベルゼブルに抱かれずに済んだという妙な安心感。  アマデウスの心には様々な感情が過ぎっていた。 「ぼくは……一度、悪魔界に戻る」  アマデウスの頭の中はもう何もかもが入り混ざった状態だった。  しかしどんなに混乱していても、やるべきことはひとつ。事は一刻を争う。悪魔界、如いてはこの世の均衡が崩れてしまうかもしれない一大事だ。  ベルゼブルが悪魔界を乗っ取ろうとしている。今はベルゼブル一人ではあるが、もしかすると、ベルゼブルの両親が謀反を起こす可能性だってある。いや、まだ他に協力者がいるかもしれない。  この件を王に話さねば――。  膝の上に置いていた手を固く握り締める。  アマデウスはひとりごとのように、ぽつりと決意を口にした。 「おれも悪魔界に行こう」  ブルームーンの冴え渡った目がアマデウスを写す。  その瞳の奥にはアマデウスを気遣うような憂いが宿っていた。 「――――」  彼がそう言った真意は知っている。  アマデウスが身籠もっているか否かを知るためだ。  おそらく彼も淫魔が魔力ある相手に抱かれれば子を宿すというリスクを知っているのだろう。 「――――」  ――判っている。これは彼が悪いわけではない。みすみすベルゼブルの罠に(はま)った結果なのだ。

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