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第三章・情事のあと。(6)

 生前、兄達があれほど警戒心を露わにしていたのにもかかわらず、ベルゼブルの懐へあっさり入り込んだ自分が悪い。  浅はかな行動を取った自分の不始末だ。  しかし――。  ただそれだけに悔しい。  ――それだけに哀しい。  兄の仇も討てず、危うくベルゼブルに抱かれるところだったのだから。  相手は上級悪魔族のベルゼブル。殺害したのは悪魔界の王子(プリンス)。それも三人だ。次男は心優しく、三男は病弱だったとはいえ、魔力は桁外れだった。長男に至っては父親ルジャウダと同じくらいの魔力の持ち主だった。その三人を葬り去ったベルゼブルが相手ならもっと警戒すべきだったのに――。  自分がいかに無謀なことをしでかそうとしていたのか後になった今なら理解できる。  ――いやしかし、無謀なのはこの紛い物の方かもしれない。  なにせアマデウスの両親が悪魔界の王と王妃であることを知らないのだ。  自分は両親から大切にされている。その両親が、愛する我が子が本意ではない相手に抱かれた。そして子を宿した可能性があるかもしれないと知ればどうなるだろう。彼は両親からどんな恐ろしい刑に処されるのだろうか。  おそらく、ただでは済まない。 「だけどぼくは!」  アマデウスは言いかけて口を閉ざした。  果たして自分はいったい何を言おうとしているのだろうか。 (有り得ない。この紛い物の身を案じているなんて――)  だって彼は飢餓状態だった自分を抱いた紛い物だ。上質な悪魔でも何でもない。

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