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第四章・ブルームーンの目。(4)
恐ろしいほどの嫌悪感がアマデウスを襲う。
強く噛み締めた唇。鉄の味が口の中に広がる。二本の八重歯が舌を捕らえ、より強く挟み込む。ふと、アマデウスに呼びかける声に気が付いた。
「し~っ、大丈夫だ」
この声には聞き覚えがある。
あの時。今のように因果を呪い、自分という存在がいかに醜いのかを責め苛んでいた時に聞いた声。
優しくあたたかな、自分の身を案じてくれているような――それでいて、まるで自分の身に迫る影の何もかもから守ってくれるようなそんな雄々しい声音。
幼子をあやすように後頭部を撫で続ける力強いその手の感触。
うっすらと目を開ければ、微笑を漏らす美しい男性がそこにいた。
ブルームーンの目が穏やかに自分を見つめている。
「君が寝付くまでここにいよう。ゆっくりおやすみ」
低音なのにしっとりと耳に入ってくる。後頭部を撫でる手の感触はまるでベルベットのようにあたたかく優しい。
――心地良い。
アマデウスは逞しい彼の胸の中に身を埋める。
再び意識を手放す。閉ざした視界のそこに、ベルゼブルは消え失せていた。
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