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第四章・彼が優しい理由。(6)

 アマデウスはコートを直ぐさま掴んで肩から引き剥がす。悔しさに唇を噛みしめた。  コートを持つ指先に力が入る。幾数もの皺を作っていく。 「だってあいつは……」 『ぼくを利用した』  そう言いたいのに、唇が開かない。  アマデウスの意思とは無関係にきつく閉じる。 「――ああ、アマデウス。ライオネルを愛しているのね」  誰が誰を愛するのだろう。  果たして彼女は何を言っているのか。意図が判らない。  狼狽(うろた)えてしまうのは、彼女があまりにも儚い、静かな笑みを浮かべているから――。  ただそれだけだ。  そうだ。  自分がライオネルを愛するなんてそんなことは有り得ない。  あの忌々しい紛い物を手にかけることなんて造作もない。  その証拠にあの男の息の根を止めてしまおう。  アマデウスはコートを強く掴んだ。

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