135 / 209
第五章・消えた彼女。(1)
(二)
誰にも知らせず、ひとり人間界に戻ったアマデウスは、早速シンクレアの元を訪れた。しかしどうもおかしい。彼女の姿がどこにも見当たらないのだ。
地下にも、二階にも彼女の姿がない。そこでアマデウスは一階のリビングに向かった。リビングはシンクレアとライオネルが常に談合の場として使っていた部屋だ。扉を開ければ中央には長いテーブルと四つの椅子が見える。
アマデウスは赤のマーカーで囲われた一枚の地図がテーブルに置いてあるのを見つけた。
――果たしてこれは罠だろうか。
用意周到なベルゼブルのことだ。ライオネルを呼び出すために彼が自ら用意した可能性だってある。しかし、シンクレアの姿が見えない今、それを懸念している場合ではない。
アマデウスは無造作に置かれている地図を握り締める。
――赤いマークを頼りに進んだ先は緑が深い山奥だ。広がる視界に見えたものは真っ白な建物だ。これはまだ建設途中のようだ。外壁はところどころ抜けている。ーーとはいえ、これといっておかしな点は見当たらない。とりわけ、人間の姿がいないことと、おぞましいほどの禍々しい魔力が周囲に立ち込めているという点以外はーーだが。
おぞましいほどの禍々しい魔力はねっとりと肌を這うような陰湿なものだ。この魔力は誰による者なのか知っている。値踏みするようなねっとりとした視線。生理的に受け付けないあの眼差し。気味が悪くてしょうがない。アマデウスはひとつ大きく身震いした。
ともだちにシェアしよう!