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第五章・消えた彼女。(3)

 しかし、抱かれなかったからこそアマデウスは救われた。自分が淫魔という宿命を背負い、この世に生を受けたことを恥じずにいられた。  彼こそがアマデウスの太陽だ。  淫魔は誰彼構わず自らの身体を開き、精を貪る強欲で貪欲な悪魔だ。アマデウスが無意識にも毛嫌いしていた淫魔の(けが)らわしい特性を輝かしいものに変えて見せてくれる。  そしてライオネルは自分自身にも力強い権力を持っている確固たる信念を貫く強い男性だ。彼こそが騎士だと、アマデウスはそう思う。その彼をむざむざと殺させてはならない。ベルゼブルを葬り去るのは自分の指命だ。今こそ三人の兄達の無念を晴らそう。  アマデウスは決意し、前を見据えた。赤いマーカーで印が付けられている地図を放り投げ、代わりに短剣を手にする。  砂埃がまるで粉雪のように舞い、太陽の光によって乱反射する。ここの場所を司る者が善意の者ならば神聖な場所になるに違いない。しかし、ここにいるのは恐ろしい魔力を(まと)った悪魔だ。  そして今まさに、ルジャウダ王の弟ヴォルムの子、ベルゼブルはどす黒い怒りを露わにしてアマデウスのすぐ目と鼻の先に立っていた。  彼身体から立ち込める漆黒の邪悪な気配が周囲を包み込んでいく。  短剣を握る手に力が入る。 「アマデウス。よくもおめおめとおれの前に姿をあらわせたものだな」  彼は静かに口を開いた。口から吐き出されるどす黒い魔力はまるで瘴気のようだと、アマデウスは思った。 「シンクレア! 彼女を放せ!!」  怒り狂うベルゼブルを余所に、アマデウスが声を張り上げる。 「ア……ム? 来たらあかん! これは罠や!」

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