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第五章・消えた彼女。(4)
ベルゼブルの手には白猫が捕らわれている。彼女は天界の使い魔だ。神聖な者がこの邪悪な魔力を直に浴びるのはあまりにも危険だ。彼女はベルゼブルの魔力に充てられたのだろう。かなり疲弊しているのが判る。
「シンクレアを渡せ!」
「それは君次第だよ」
ベルゼブルのアーモンド色の目の奥が光るのが見えた。何かを企んでいるのは目に見えて判る。しかしここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
アマデウスは構えの体勢をとる。
「あかん! こいつはアムを利用しようとしとるんや!! 逃げるんや、アマデウス!!」
「兄の仇を討たせて貰う!」
シンクレアがベルゼブルと関わるなと首を振る。しかしアマデウスは彼女の言葉を聞き入れなかった。足が地を蹴る。
「アム!」
シンクレアは疲弊した身体をしならせるとベルゼブルに噛み付こうとする。しかしその攻撃さえもベルゼブルにとって無意味でしかなかった。彼の手の甲が、まるで小虫でも叩くかのようにシンクレアの身体を弾いた。
ギャンっと短い鳴き声がしたかと思えばシンクレアの小さな身体が壁に突き飛ばされた。彼女はそれきりぴくりとも動かない。
「シンクレア!」
シンクレアに気を取られたアマデウスは反応が鈍った。ベルゼブルは俊敏な早さで短剣を手にしていた方の手首を握り、捻ってアマデウスを拘束した。
「放せ!」
「アマデウス、おれはとても激怒しているんだよ? 愛する君に腹一杯食事をさせてやろうと思ったのに、そこら辺にいる野良犬に尻尾を振ってのこのこついて行きやがって!」
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