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第五章・悲痛な叫び。(1)

(三)  ――刻は数時間前に遡る。  空が白じむ頃。ライオネルが目覚めるとそこには既にあたたかな肌のぬくもりが消え失せていた。  腕の中にいた筈の彼がない。実感するとライオネルは強い喪失感に襲われた。短い呻り声を上げる。  どうってことはない。彼はきっと自室に戻っただけだ。ライオネルはそう自分を宥め、ベッドから抜ける。螺旋する回廊に続く扉を開けると、彼を待ち伏せていたのは夜色のシルクで繕われたドレスに身を包んだ彼女、ニヴィアだった。彼女の顔色を見るなり、ライオネルはまたもや呻きそうになった。ニヴィアが蒼白になっている顔面をひきつらせ、額から細やかな汗を吹き出していたからだ。 「ライオネル! 良かったここに居たのですね」  彼女の話を聞くと、ますます不快感が生まれる。胃から口に向かって苦いものが込み上げてくるのを感じた。  どうも気分が冴えない。何かとてつもなく恐ろしいことが待ち受けているような予感がするのだ。 「アマデウスの姿がどこにも見当たらないのです。存じませんか?」  震える声音で尋ねられ、ライオネルは再びブルームーンの目をぐるりと回した。  どうやら自分の予感は的中したようだ。ライオネルは悟った。  ライオネルは活力を吸うヴァンパイアである。それは相手が人間だけに限らず、悪魔であっても活力を奪うことは可能だ。そのおかげともいうべきか。彼は感情や気力など察知する能力に長けていた。  ニヴィアに尋ねられ、ライオネルは優れた力を駆使する。しかしアマデウスの気配を探り充てることができずにいた。  それがライオネルをさらに慌てさせた。

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