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第五章・悲痛な叫び。(3)

「シンクレア? いるのか?」  彼女の名を呼んでも返事は一向に返ってこない。広い屋内はもぬけの殻だ。  妙な胸騒ぎが消えない。すっかり喪失感に捕らわれたライオネルは唸った。するとどうだろう、アマデウスの悲鳴が頭の中で響いた。――いや、それだけではない。目眩がしたかと思えば視界がぼやけた、その先には赤い目(ルビー・アイ)が涙を流す姿さえも見える。  いったい自分はどうしてしまったのだろうか。幻聴に幻覚。あまりのおかしな感覚にライオネルはとうとう頭がいかれたのかと思った。しかし身体は彼が放つ甘い香りを求める。本人の意思とは関係なく足が勝手に動き出すのだ。  ――妹のコルベルとニヴィアには感謝をしなくてはならない。ライオネルは肌を焼くほどの真っ赤な日差しに包まれ、心底彼女達に感謝した。彼は深くフードを被り、漆黒のコートを纏う。分厚い革でできた手袋とブーツを履く。日中にはけっして不似合いなほどの重装備で、人里から離れた山奥へとやって来ていた。しかしどんなに身を固めていても太陽の日差しは恐ろしい。ライオネルの身体をじりじりと焼いていくのが判る。それに闇夜に動き回るヴァンパイアの習性と本能はすぐに改善できる筈もない。おかげで意識も朦朧としてきている。息だって苦しく、呼吸がうまくできない。

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