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第五章・それでも傍に。(1)
(六)
"ベルゼブルがこの世を去った。" そのことをヴォルム夫妻が知った後、彼らは王国から姿を消した。
アマデウスは、ベルゼブルの瘴気に充てられ気を失ったシンクレアと重傷を負ったライオネルを連れて悪魔界に戻った。
「大丈夫、ベルゼブルの子は宿ってないわ」
彼女はチュニックの上からそっとアマデウスの腹部に触り、力強く頷いて見せた。
けれども今のアマデウスにとって身籠もるかどうかなんてどうでも良かった。ただ目の前のベッドで眠る彼の身を案じるばかりだ。
「どう? まだ目を覚まさない?」
ニヴィアは深い眠りに入っているライオネルを見つめるアマデウスの白い肌を撫でる。
「母上、ここまでぼくたちを連れてきてくださったこと、深く感謝します」
グリゴリ教の未完成の教会で絶望し、アマデウスが泣き叫んでいた時、ニヴィアが彼の前に現れてくれた。なんでもライオネルに手渡した金のロケットが探索機になっていたのだと。おかげで二人を無事にこの悪魔城に運び込むことができたのだ。ニヴィアは、一糸も纏わないアマデウスと腕に抱きしめるライオネルをひと目見てすべてを察したようだ。――なにせ彼女はアマデウスと同様の淫魔である。この周囲に漂う陰湿な魔力が誰のものであるかを判別することなど造作もない。アマデウスに何も訊 かず、手を貸してくれた。
――ここは悪魔城の最奥にある塔の一室。天井には夜の絵が描かれている。とても静かな場所だった。
「いいのよ、だってアム、貴方はわたしにとって大切なかけがえのない存在よ。そして、貴方が愛している彼もまた、わたしにとって大切な存在になることは間違いないわ」
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