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第2話

「で? どういうつもりですか」 「どうって?」  あの頃より減った身長差。それでも卯月さんの方が幾らか高かった。  とりあえず駅前に向かって歩きながら、酒を提供する店の多い割に静かな路地を歩く。  眉間に皺は、寄ったままだ。 「今更、俺なんかと何を話すんですか」 「んー……特にない」 「なんっなんですか、ほんと、あんたって人は」 「それより和成くんさあ、ヤろうよ」 「はい?」  何?  今なんつった? 「折角その気で出向いてもさぁ、俺いっつも売れ残っちゃって」  久闊を叙するわけでもなければ、昔を懐かしむでもない。身近な友人にでも話すくらいの口振りで、けろりとしている。 「……でしょうね。せめてもう少しマトモな格好、出来ないんですか」  中身はともかくとして、見た目は悪い方ではなかった筈だ。  年を取るのは生き物の宿命とはいえ、もっとカッコ良く年を重ねる事は出来ただろう。 「それは無理だねー。家も金もないし」 「……なんで?」 「前の家、追い出されちゃってさ。そろそろベッドで寝たいんだよ。だから和成くん、泊めてよ?」  は?  家を追い出された? なんでそんな事態に? それも気になるが、それよりも聞き捨てならない台詞があった。 「や……やですよ!」  泊める!? 冗談じゃない!  困っているというのなら、昔のよしみで一晩の寝床を提供してやるくらいは考えない事もないが、だったらその辺の安ホテルで充分じゃないか。  俺の家なんて、断固拒否だ。 「なんで? 今も実家?」 「違いますけど! でも在宅勤務なんで……」 「じゃあ丁度いいじゃん。寝坊も出来るし、今夜はゆっくり俺の相手出来るね」  何が? 何をするのに丁度いいって?  違うだろ、俺の家は職場でもあるんだから、そこは、じゃあ邪魔しちゃ悪いねってなるところだろ! 「だから……」 「ねえ、泊めて? お願いだよ。お腹も空いた」  …………腹立たしい。  本当にこの人は、媚びるのが上手い。  それでも大分腕は落ちたのだろう。遊び相手に不自由しなかった卯月さんの言動が「しつこい」の一言で一蹴されてしまう時代が来たわけだ。  分かったよ、もう。 「…………今日だけですよ」 「やった、ありがと、和成くん」  ああやっぱりこの人、中身、全然変わってない。  俺を振り回しまくっただけはある。  仕方なく進路を変更して、タクシーを拾った。普段なら終電に間に合う時間なら電車を使うのだけれど、今日は気分じゃなかった。  2人きりになりたかったんじゃない。  公共の場に、卯月さんといたくなかった。  だって何を仕出かすか分からない。  この人は過去、俺の前で、数え切れないくらいの男と寝ている。そんな神経を持ち合わせた人間を、大勢の人が行き交う駅に連れて行くのは不愉快だった。  なんだか今でも、見知らぬ男に声をかけてしまいそうで。隣に俺がいたとしても、関係なく。  タクシーでの会話は無視した。体位がどうとか、プレイがどうとか聞こえたので、全部無視。2、3分も勝手に喋らせておいたら、さすがに黙った。  マンションの少し手前でタクシーを下りて、コンビニに寄る。  弁当、飲み物、卯月さんの着替えと洗面道具、俺は吸わない煙草、俺は食べないデザート、いつの間に入れたんだか気付かなかったコンドーム。  ここまで、全て俺持ち。  タクシー代もコンビニ代も、懐が痛むほどの出費ではないし、金がないという話は既に聞いている。遠慮する素振りすら見せないところは卯月さんらしいが、にこにこした顔でありがと、と言われてしまえば、小言のひとつも出せなくなる。  少し金を出す事も、家に泊める事も、はっきり言ってそれ自体は大した面倒だとも思っていないし、苦痛でもない。  相手がこの人でさえなければの話だ。  その愛想のいい笑顔に、俺は一生消えない致命傷を負った。  その原因の全てを卯月さんに被せる気はないけれど、こうやって結局、望まれるまま寝床と食事を用意してしまった。  まるであの頃と変わっていない関係。  10年の歳月を、軽く飛び越えた尻軽男。  腹立たしい。

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