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第4話
「もういいです。さっさと上乗ったらどうです? 動くのだるいんで、自分でどうぞ」
不満も反論も返ってこなかった。
いそいそと、跨る男の姿が見えただけだ。手際良く、コンビニで入手したゴムを被せていく。
この人中毒かなんかなのかなあ。体そんなにまでして。思う事と言えば、そんなものだった。
肉体的にしろ精神的にしろ、求めたい、という気持ちが、微塵も沸いてこない。10年前なら、俺だってもう少し欲求は芽生えていただろう。
それは単純に、年齢や経験を重ねたからなのか。
それともまだ実感が持てないだけなのか。まさかまた会う日が来るとはね。
今でも頻繁に思い出していた、俺の初恋の人。
なんて哀れな姿なんだろう。
なんでそれに苛立つんだろう。
「はっ……いくよぉ……?」
見た目は随分と変わってしまっても、記憶の中と大差ない仕草と文言で卯月さんは煽る。
以前は挑発的に見えたそれも、今では痛々しいだけだ。
「んっ……ふ、ぁ……っ」
本人はそれを知ってか知らずか、ゆっくりと腰を下ろすや吐息を漏らした。
碌に慣らしてもいないし濡らしてもいないというのに、大した抵抗もなく生暖かい感触に包まれていく。
これも単にだらしない生活の産物なのか、或いは加齢が関係しているのかは分からない。
お陰で俺はずっと、冷めた目で卯月さんを見上げていなきゃならない。
「ぁ、はっ……すげ、気持ちいい……」
勝手に腰を振って勝手に盛り上がって、本当に自分勝手。
というか本当に緩い。間違っても俺が小さいわけじゃないからな。昔はそんな事、思わなかったわけだし。
「1人で楽しんでるとこ、申し訳ないんですけど」
「んっ……なに……?」
「緩いから、締めて」
「っ!」
さっき言われた尾てい骨の辺りを、強く引っ掻いてみた。
ああ本当だ。多少効果はあるんだ。
でも爪を立てていないと、また元通りだ。
「あ、ぁ、やだ、そこ、もっと、強く」
……っていうかさあ、これ。
「ねえ卯月さん。あんた、痛ければどこでもいいんじゃないの?」
「ぃ……っ!」
肥大したグロテスクな乳首を千切れるほど引っ張った。
皺の寄った眉間とは裏腹に、俺のものを嬉しそうに締め付けては、痙攣しているのが分かった。
目なんてほら、蕩けちゃってる。
「涎垂らすなよ、汚れる」
さっさと脱いでしまった卯月さんとは対照的に、俺は上も下もまだ殆ど着衣のままだ。
開いた唇の端から溢れかけた唾液に気付くと、なんの迷いもなく頬を叩いた。
それにすら、この体は悦んだ。
その事に俺は更に苛立つ。
「なに、卯月さんビンタで興奮すんの? うわー引きますよ、それ」
「えへへへぇ……ごめんねぇ?」
意味分かんない。
なんで笑ってんの? 引くっつってんじゃん。実際のところ引きも驚きもしねえけど。
ムカつく。
今も昔も、俺がこの人をどう思っていようが、どう扱おうが、卯月さんには充分な結果だったって事?
俺だけがこんな事引き摺って、女の子にも興味持てなくなって、それどころか誰とも付き合えなくて、なのにその原因である人物は、気に留めていないどころか満足してるって事?
「それよりさぁ……もっとしよ? 和成くんも動いてよ……ね?」
馬鹿じゃねえの? 俺をなんだと思ってんの?
腹立つ。
でも俺は本来感情的な方でもなければ、暴力にものを言わせたいタイプでもない。それにかつては好きだった相手だ。だからいきなり食ってかかる事はしなかった。
俺は一方的に物事を進めるなんて、好みじゃないんだ。
「……卯月さん」
「んー?」
腰振りながら答えてんじゃねえよクソビッチ。
「卯月さん、住むところ、ないんでしたよね」
「ないよー」
「どうやって探すんですか? 次の男を探すつもりですか」
「まあそうだねえ。俺、仕事とか、した事ないし」
やっぱりな、この人にまともな労働が出来る気は到底しない。高校生でも出来るような簡単なバイトだって、数日で辞めてしまうのが目に浮かぶようだ。
でも卯月さんの方法での家探しも、そう簡単な事じゃない筈だ。
わざわざこんな薹が立った、それも微妙に五体満足でもない男を、愛人にしろヒモにしろ、したがる金持ちがどれだけいるんだって話だ。
「じゃあ俺の家に住みますか? 納戸ならまだ空いてるんで、そこで良ければ」
「えっ、いいの?」
「いいですよ。ただし家の中では俺のルールに従って下さい。出来ますか?」
「家の中だけ?」
「だけです」
「ならいいよ」
いいよって。上から目線かよ。
まあルールの方に言及されなくて良かった。それもどうだって感じだけどな。どんだけ目先の事しか考えてないの、この人。
別にどう答えようがいいんだけどな。卯月さんだって住む場所くらい是が非でも確保したいだろうし、こうやって条件出したところで、この人が律儀に守るなんて思っていない。
でも今はこれでいい。
一応確認はしたし。
合意って事で。
「じゃあ、続き、しようね?」
蛇の這う、痩せた両手が伸ばされる。俺の腹に軽く手をつくと、本格的に律動を再開させた。
体も思考も、可哀相な人だなとは思う。
その思いに偽りはないのだけれど、同情心が芽生える事は遂になかった。
ただイライラした。
こんな人と関わってしまった事に。
でも今更全てをなかった事になんて出来ないし、恨むとか復讐とか、それほど激しい憎悪もないから。
その晩は、彼の体に無数の引っ掻き傷をつくるだけに、留まった。
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