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第12話 最初で最後のプレゼント

 気が付けば、あれからだいぶ時間が経っていた。全て埋まったページの中から1ページだけを切り離して、ページの端にメッセージを書き入れる。 「Happy Birthday」  小さく笑みを浮かべて『おいで』と言ってくれた姿。一番好きな和真の記憶だった。 (俺にはあげられるものなんてもうないから、一番大切だったものを和真にあげるよ)  それは同時に。  期待してしまう心を一緒に置いていけるだろう。 (もう二度とないって分かってる)  それなのに、これからの日々。  和真を思ってスケッチブックを開く時に、辿る記憶にこの絵があれば、どうしても自分はわずかな期待を抱いてしまう。そしてその都度、和真が自分を呼ぶ事も触れてくれる事も、もうないのだと思い知らされるのは辛すぎる。  それに、情が無くなった相手にいつまでも見返りを求められるような愛され方は、和真だってイヤなはずだ。亜樹だって、この後は和真をただ静かに思いたかった。  きっとこの絵はすぐに捨てられる。こんな情けない期待と一緒に。そうなれば亜樹の中に残る気持ちは、誰にも迷惑をかけることのない、和真への思いだけになる。 (そう考えたら、少しはマシなプレゼントになったかな)  少しだけ心の中が温かくなった。  部屋からリュックを取ってきて、手元にあったスケッチブックも中へ入れる。持って出るのはこの荷物だけ。出て行く前の準備はあっけなく終わってしまい、他にする事なんかもうなかった。 (ここに居る理由が無くなったな、もう、出て、行かないと……)  でも、やっぱり最後だから。もう二度と会えないから、お別れだけは言いたくて。和真の離れて欲しいという望みを叶えたい気持ちと、始めて抱いた最後のワガママとの間で心が揺れる。  揺れて、揺れて、揺れて。  自分へ妥協するように、亜樹はリュックを背負い靴を履く。玄関の扉を開いたところで、部屋の中を振り返り、過ごした時間に頭を下げた。手を放せば扉があっけなく閉まる。持たされていた合鍵で鍵を閉めてポストに落とせば、もうこれで二度とこの部屋には入れなくなった。  オートロック式エントランスのワンフロアのマンションだ。エレベーターから非常階段へと抜ける、扉の前の通路に座り込んでいたとしても、他人の目に留まることはない。亜樹はそのまま通路の壁にもたれて座り込んだ。  日が落ちた後の外の風はさすがに冷たく、徐々に亜樹の体温を奪っていく。そういえば今は何時だろう。時計を見ていなければ持ってもいなかった。自分で契約をしていない携帯電話だってもう置いてきている。 (まあいいや…時間が分からなくたって、明るくなれば朝になったということだしな)  亜樹は両膝をかかえて、そこへ顔を埋めた。

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