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第13話 これからの居場所
お金の為に抱かれ、その後一睡もしていない身体は思ったよりも疲れていたのか、いつの間にか眠っていたようだった。
「こんな所で何をしている」
突然何か聞こえた音。それが人の声だと分かれば、ドクリと心臓が大きく跳ね、意識が急激に覚醒する。向けた視線の先には、見慣れた和真の革靴があった。
帰ってくるのを待っていた。ようやく帰ってきてくれた。そう思うのに。
(もう待つことさえもできないんだ……)
矛盾した気持ちが止められない。
「起きたんなら、さっさと立て」
それがただの甘えだと思い知らせるように、頭上から降ってくる声は相変わらず冷たかった。その声にしぶとく痛みを訴える心が情けなくなる。それでも覚悟していた声だから、心が改めて傷つくことはなかった。
(やっぱりそうだよな)
自嘲のような感情に口元が歪むのを感じて、俯いた顔を上げないまま亜樹は口元を手で隠した。
(今は何時で、俺はどれぐらい寝ていたんだろう?)
気が付かない内に外は明るんできている。
「いつまでこんな所にいる?」
立ち上がろうとしない亜樹に苛立ちが湧いたのか、和真の靴先が大きく動いた。その様子に亜樹が慌てて身体起こす。
同じ体勢のまま夜風にさらされていた体はガチガチに強張って、少し動くだけでも軋むような痛みが走った。
(和真は、どこに行っていたんだろう)
一瞬頭に疑問が過る。その直後、もう気にしていい立場でもなかった事を思い出して、身体と同じように心もまた軋むような痛みを感じた。
ガチャガチャと鍵を操作する音の後、扉を開ける音が聞こえた。和真がこのまま中に入ってしまえば、結局別れの言葉を言えなくなる。
「いま───」
「とりあえず中に入れ」
いままでありがとう───。
慌てて告げようとした亜樹の言葉に重なった、和真の言葉。それは、こんなところで話をするよりは、と提案されただけの言葉なのかもしれない。それでも、入れと自分に向かって開かれた扉が嬉しくて苦しくなる。
(もう俺には入れない)
きっとあの部屋に入ってしまえば、またここに居場所が貰えるんじゃないか、ってバカな事を考えてしまう。有り得ないって頭では分かっているのに、心はいつだってそう簡単に割り切れなかった。
亜樹は俯いたまま首を振った。
「亜樹?」
訝しげな声が聞こえる。
「俺、最後に和真にお礼、言いたくて」
「最後?どういうことだ?」
あっさり受け入れられると思っていた言葉に質問を返されて、戸惑いのような感情が一瞬浮かんだ。
(あぁ、そうか。捨て猫を拾った飼い主の責任のようなものを感じているのかな)
なんで、と思った直後にアッサリと浮かび上がったその考えは、今まで和真を見てきた亜樹には、正解だとしか思えなかった。
(和真なら、住処と食事のために俺をここに置いてくれたままで、他に住んじゃう可能性もあるよな)
だから「最後」って言葉に、これから住処が必要なのかその確認をしたかったんだろう。でも。
(俺が和真を好きでいても、邪魔にならない場所がいい)
和真の願いだけが自分がここを居場所だと思える全てだったから。存在が少しの負担にもならないように、遠く誰も自分を知らない場所。亜樹には、そこがこれからの居場所だと思えた。
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