14 / 36

第14話 サヨナラのやり直し

「ここから、出て行こうと思って」 「……どういう事だ」  その言葉に喉がキュッとしまったような気がした。  今の和真に出て行く理由なんか気にする必要はないはずなのに、それを聞いてくるのはどうしてだろう。 (和真に嫌われた俺には、傍にいる資格がもうないから……)  馬鹿正直にそんなことを和真が聞きたがっているとは思えなかった。  それに、どんなに頭で分かっていても、自分の口から言うのとではまた違っていた。それは自分の心に自分でナイフでも突き立てるようなもので、躊躇いに口を開いては何も言えずに閉じてしまう。 「行きたいところ、あって」  そこはもう会えない遠い場所だから。絞り出した答えも、情けないぐらい上手く声にならなかった。  それ以上何も言葉にできなかった亜樹の耳に、和真の大きな溜息が聞こえてくる。 (たぶん、もう良いって、興味がなくなったんだろうな)  そしてこの後に続くのは、きっと呆気ないような挨拶と扉の閉まる音だろう。心臓がバクバク鳴っていた。  思ったより長くなったけど、もともと、一、二言で終わるはずだったさよならだ。覚悟を決める様に亜樹がそっと目を瞑った。 「とりあえず中に入れ」  それなのに、聞こえてきた言葉に泣きたくなる。 (なんで……)  こんな状態で傍に居続けるのも苦しいのに。何度も奮い立たせた別れがすり抜けていく。  その度に別れなくても良いのかも、なんて少しずつ甘い期待を抱きそうになる心が怖かった。  リュックのベルトを握り締めれば、背中にあるスケッチブックが重さを増した気がしていた。 (あの時の表情を見れば、そんなわけがないってことぐらい…分かるのに…)  日が昇りきらない早朝の風はまだ冷たい。体温を奪うその冷たさが、ゆっくりとなけなしの気力さえも削っていく。フルフルと振る首にも、もう力が入らなかった。 「亜樹」  願望のせいで、声にほんの少しでも柔らかさが含まれた気がすれば、抗う気さえ起きずにいて。掴まれた手首に熱を感じる前に、亜樹の体は和真の腕の中にいた。  背中から聞こえたのは記憶にある音だった。  亜樹が背後を振り返る。  さよならの覚悟を決めて外へ開けたはずの扉がまた、亜樹をこの部屋に残してガチャンと閉まっていた。  もう一度、この扉を開けて出て行くのだ。  それはきっと、一度目よりも辛くなる。亜樹はぼんやりと、閉まった扉を見つめていた。  冷えた身体にゆっくりと和真の体温が染み込んでくる。何よりも安らげたはずのその温もりに、今は苦しさが増していく。 (期待なんか、しちゃ、だめ、なのに……)  一晩中スケッチブックに書き込みながら、一つずつ仕舞いこんだ思い出たちが溢れ出てきて、亜樹の頬を伝った涙がポタリと垂れた。

ともだちにシェアしよう!