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第19話 温もりの記憶
指へ絡めたはずの舌をいつのまにか捕らわれて、敏感な舌裏の筋を指先でなぞられる。ぞわぞわと上がる快感に思わず舌を引こうとしても、和真の指がそれを許さなかった。
舌を捕らえたまま和真の指が口蓋へも這わされれば、鼻から抜ける声に甘さが含まれる。的確に亜樹の弱い場所を嬲っていくその指に、飲み込めなかった唾液が口角から零れ落ちていった。
腰に溜まっていく疼くような熱に、我が物顔で口腔内を蹂躙する指。その苦しさに亜樹の目尻に涙が浮かぶ。
その涙を和真の親指がそっと拭っていく。
甚振りながら、一方的な快楽を与えているのは和真なのに、その指先の感触はひどく優しかった。だけどその優しさに縋るには。
「ペットなんだから、飼い主を楽しませてみろ」
ほら、やってみろ。そう伝えてくる和真の声は、冷たいままだった。
「……どうすれば、いい…?」
「そんな事は自分で考えろ」
弄う行為に飽きたとでもいうように、蹂躙していた口腔内から指を抜き、ドサッと背後のソファーに和真が腰掛ける。
(飼い主を楽しませるって、客にやるみたいにすれば良い?)
和真と客を重ねたことなんか一度もなかった。そもそも亜樹にとっては、和真とのセックスと売りで身体を抱かせる事は、全く異なる行為だ。
そう思っていたから、和真とのセックス中に客との行為を思い返すことさえ、今までしたことがない。
(客が相手の時、俺はどうしていたっけ……)
手っ取り早く起たせたくて、フェラをして、その間に後ろを解して。少しでも行為にかかる時間が短くできればそれで良いと思っての行動だ。それを好きな相手の前でやる、と成れば話しは違う。そもそも、お金の対価でしかなかった行為と同じようにするのは、和真とのセックスが汚されるようでイヤだった。
「早くしろ」
慌てて亜樹が立ち上がる。
傍に近付いても冷たく亜樹を見上げてくる和真から、一昨日までのように「おいで」と手を伸ばしてくれる様子はない。
心臓あたりをズキリと走る痛みに気が付かない振りをして、亜樹が恐る恐る和真の方へ手を伸ばした。
「キス、してもいい?」
お客との間でキスなんかしなかったように。ペットと飼い主もキスなんてしないのかもしれない。それでもお客との行為のように、フェラから始まるのは性欲処理でしかないようでイヤだった。
「好きにしろ」
断られなかっただけ、良かったはずだ。
たとえ抱き寄せてくれる様子も全くなく、どうでも良いといった雰囲気しか感じられないとしても。この行為に処理以外の意味を持たせるために、亜樹はそっと和真の上に乗り上げた。
重さなんか与えないように、膝立ちのままで和真を見下ろす。バランスを取るように肩に置いた手から、じんわりと熱が伝わってくる。その体温だけが今までと何も変わらなかった。
顔に添えた手に合わせて、和真が軽く顔を上向かせる。近距離で絡み合う視線は相変わらずで、その目から逃れるように亜樹は目蓋を閉じて唇を触れ合わせた。
この体温だけを感じていたかった。見なければ、ほんの少しの間でも愛されてると感じられる気がして。記憶に縋るように、今までの和真とのキスを辿っていく。
軽いリップ音を響かせるように唇を吸い、隙間の中に舌を挿し込む。すんなりと亜樹の舌の侵入を和真の口腔が受け入れる。だが、おざなりに絡め返されるだけのキスはこれまでの記憶とはほど遠く。応えて貰えないキスに、結局その唇から離れるしかなかった。
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