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第4話
消毒液の独特な匂いを嗅ぎながら、目の前に居る人物の前で項垂れる。
彼は僕を呆れた様な目で見る。解せない。
「保健室はお前の隠れ蓑じゃないぞ」
説教を垂れる保健室の先生___宮野さんは、僕の愚痴に付き合ってくれる心優しい人だ。
父の友人である宮野さんは、僕の相談に良く乗ってくれて居た。
この学校を選んだのも、宮野さんが養護教諭をしていると知ったから。
「兎に角ベットで休ませてよ」
「病人じゃないから無理」
きっぱり断るんだ。マジで体調悪いのに。
僕が保健室に避難している理由は、詞空だ。休み時間も僕の傍を離れたがらないから、男子の怒りを買った。
女子は男同士だから仕方ないって割り切っていたけど、男子の中には本気で詞空に惚れてる奴も居たらしく……
詞空がトイレに行ってる間、男子の何人かが詰め寄ってきて、調子乗んなとか、目障りだとか言ってきた。
ならポジションを変わって欲しいくらいだ。
僕も最初は無視をしていたが、詞空が戻って来てこの現場を見られたら厄介だから、保健室に来た。
「人間って面倒くさいね」
「人間なんてそんなもんだよ」
宮野さん、何か有ったな……直感でそう感じ取り、改めて保健室を見渡すと、机に大量の手紙が置いてあった。
「また告られたの?」
そう聞くと、宮野さんは苦虫を噛み潰した様な表情になり、舌打ちした。
「生徒は恋愛対象外って言ってんのに、仮病使ってまで来るから、追っ払うの大変なんだよ」
僕はスマホを取り出して時間を確認する。
「モテる男は辛いね」
「他人事みたいに言えないだろ」
僕は首を傾げて宮野さんを見上げる。本当に他人事なんだけど。
「お前もモテてるじゃん。爽やか王子、だっけ?」
今一番聞きたく無い名前を聞かされ、僕のテンションは更に下がった。
「向こうが一方的に構って来るだけだよ」
入学式の時、少し話したくらいだった。だが彼は何故かその日から僕に付きまとう様になった。
僕は机の上に腕を伸ばして寝る体勢になった。
しかし宮野さんはこの話題を続けたいのか、ペラペラと話し出す。
「一方的にって言うけど、お前が愛されるチャンスじゃん。聞けば文武両道で性格も良いんだって?優良物件だろ」
生徒を物件扱いしたぞ、この人。
でもなぁ、詞空は性格に難アリだよ……僕この目で見たし。
それにさっきの様に絡まれたくないからな。
てか……
「家族にすら愛されない奴が他人に愛して貰える保証はない」
僕がそう言うと、宮野さんは黙り込んだ。悲痛な面持ちの彼は僕の頭を優しく撫でた。
「愛してくれるか如何かは、その人次第だ。詞空が愛したいと思わないと、僕は愛されない」
少し泣きそうな声が出たが、泣くのは我慢する。
「……双葉は、詞空に愛されたいの?」
宮野さんの問いは、僕自身も答えが出なかった。
「分からない。誰からも愛されないと思ってたから」
詞空に、心の底から愛して欲しいと願った事はない。けれど、彼が僕の傍に居る事が嫌と思った事は無かった。
この気持ち、なんて言うんだっけ……
未だに僕の頭を撫で続ける宮野さんは、浅い溜め息を零して立ち上がった。
「他の生徒が来たら帰れよ」
ベットの方に行く背中を追い掛ける。
何だかんだで優しいよな、宮野さんは。
カーテンを開けながら宮野さんをもう一度見る。
「宮野さん」
「ん?」
声を掛けると、彼は不思議そうに僕と視線を合わす。
「ありがとう」
笑顔で言うと、宮野さんは少し驚いた表情になったが、再度僕の頭を撫でて仕事に戻った。
靴を脱いで、ベットに横たわる。
詞空、心配してるかな……教室戻りたくないな……
そう考えながら、僕は瞼を閉じた。
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