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第8話

誰かに強く揺さぶられた。それに声も聞こえる。 まだ寝ていたいのに……そう思いながらも上半身を起こすと宮野さんの困り顔が視界にチラついた。 あれ、何で宮野さんが居るんだっけ……?と考えて思い出した。 詞空から逃げて保健室の隣の部屋に匿ってもらってたんだ。それで落ち着こうとして寝てたんだ。 一人納得している横で宮野さんは呆れた様に時計を見上げる。 「双葉って寝不足なのか?もう放課後だぞ。詞空も帰った」 今が放課後という事実より、詞空が帰ったと聞き素直に喜べた。詞空には会いたくないから。 「宮野さんありがとう。僕も帰るよ」 「ん。気を付けろよ」 宮野さんに見送れられながら保健室を後にする。 その足で教室に向かい、自分の鞄を持って教室を出ようとした。 けれど行く手を阻む人間が居て、その姿を目にした瞬間息を呑んだ。 そこに立っている人は詞空の取り巻きの男だったからだ。しかもリーダー格の。休み時間に絡んで来た一人でもある。 何を言われるんだろうと身構えているとソイツはゆっくりと僕の傍へやって来た。 ジリジリと迫って来る彼から逃げようと後退するが、虚しくも背中に壁が当たってしまい、これ以上逃げられない。 彼もそれを察したのか、不敵な笑みを浮かべて僕の目の前に立ちはだかった。 「双葉ってさ、詞空の事好きなの?」 唐突な問いに面喰らった。如何してそんな事訊きたがるんだろ。 彼は右手を伸ばして僕の髪に触れ、全体重を掛けた。 白くて細長い綺麗な指が僕の髪をすり抜けて行き、指が耳に当たる。 それが擽ったくて身を捩ると、一瞬だけ彼の動きが止まった気がした。 「なぁ、答えろよ双葉……」 金色の瞳に見つめられ、言葉を失った。 元々彼は詞空に負けず劣らずの美形だ。恐らく詞空の次にイケメンだと、同じ男である僕も思う。 他人を惹きつける容姿に僕も魅せられていた。この人には絶対的なカリスマがあるんだ。じゃなきゃ詞空の取り巻きの中でリーダーになれる筈がない。 何時迄も黙ってる僕に痺れを切らしたのか彼の瞳が苛つきを表し始めた。このままでは何をされるか分かったもんじゃない。 それで僕は先程問われた問いに慌てて答えた。 「好きじゃないよ」 はっきりとそう言うと、彼は少し驚いた表情を見せた後、嬉しそうに笑った。 詞空が何時も付き纏う僕から好きじゃないと言われ安心したんだろうか。それにしては違和感が拭いきれない。 彼の言葉には何か得体の知れないものを感じる。 同時に、この人は本当に詞空が好きなんだろうかと考えた。他の取り巻きの人は皆、詞空を下の名前で呼んでいる。詞空を苗字で呼ぶのは彼くらいだ。 詞空もその事が気になっていたのか、良く彼を気にかける姿を何度も見かけた事があった。 他にも彼からは詞空が好きだという好意が全く感じられない。詞空の前では笑顔の仮面を貼り付け機械的に喋ってる様にしか見えなかった。 心の底から沢山の疑問が溢れて僕は思わず彼と同じ質問をした。 「そう言う君は詞空が好きなの?」 僕の問いに相当困惑したのか、顔を顰めたが直ぐに笑顔になった。 「勿論だよ。当たり前だろ」 が、僕は納得出来ず深く追求した。 「何時も詞空の前では作り笑いを貼り付けてるのに?」 僕がそう言うと、彼は先程迄の笑顔を一瞬で消した。それを見て確信した。 彼はこれっぽちも詞空が好きじゃないんだと。 「へぇ。見破られてるとは思わなかったな。結構自信はあったのに」 真顔でしかし声は楽しそうに話す彼が急に不気味に思えた。 そのまま僕の髪を撫でていた手は強く身体を押さえ付け、身動きを取れなくした。 「何するんだ……!」 必死に抵抗をする僕を嘲笑うかの様に彼はビクともしない。 「双葉さっき言ったよな?詞空が好きじゃないって。俺それ聞いて安心したよ」 ふっと顔を上げると、彼の_____久我君の顔が間近にあった。 互いの唇は触れ合っていて、少しの隙間から久我君の舌が入り込んだ。 器用に彼は僕の舌を絡め取り、僕の口腔内を犯して行く。 「ふっ……ん……」 久我君のキスは上手でとても気持ちが良い。 そう思った時、僕は彼に流されている事に気付いた。 渾身の力で久我君の身体を押し退ける。今度は彼は直ぐに離れたが銀色の糸がプツリと切れたのを見て顔が羞恥に染まった。 「ははっ、顔真っ赤。可愛いねぇ」 うっとりとした顔付きの久我君に腰を抱かれ、強制的に彼の腕に閉じ込められる。 「は、離して……!」 詞空と同じくらいの身長を持つ彼からすれば僕の抵抗なんて意味を成さない。そんな事は分かってるのに脳は本能的に自衛を命じた。 「落ち着けよ、双葉。別にお前に危害を加えるつもりはねぇから」 そう言われても僕はさっきのキスで混乱していた。 それで久我君に向かって叫んだ。 「さっきのキスは何!?君は詞空が好きなんじゃないの!?」 すると彼は目をパチパチと瞬かせ、気の抜けた声で言った。 「俺、詞空なんか好きじゃないけど?」 その言葉に余計に混乱し、いっそ思考を停止しようかと思ったくらいだ。 久我君は毎日取り巻きとして詞空の隣に居る。好きじゃないなら詞空の傍に居るメリットって何? 再び己の中に疑問が生じ、脱力した。文字通り身体の力が抜け、立っていられない。 久我君もそれに気付いたのか、慌てた様に僕を近くの椅子に座らせた。 「大丈夫か?お前身体弱そうだもんな。ディープキスは早かったか」 詞空といい久我君といい、何で僕の周りは僕を病弱だと決めつけるんだ。保健室に行ってばかりだから? 僕は取り敢えず自分の疑問を解決しようと久我君を見据えた。 「詞空が好きじゃないなら、何で君は彼の傍に居るの?」 意外にも彼は素直に答えた。 「詞空が嫌いだから。俺は彼奴を地面に這い蹲らせたいんだ」 柔和な笑顔で言う台詞じゃないと感じたが、一つ疑問は解消された。続けてキスの事を問い質した。

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