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第9話
「君が詞空を好きじゃないのは分かったけど、なら如何して僕にキスをしたの?」
そう訊くと久我君は嘘だろと言いた気な顔付きをした。
「双葉、マジでそれ言ってる?」
彼の問いに黙って頷くと彼は大きな溜め息を吐いた。
「お前って本当鈍感だなぁ。あのさ、好きでもない奴にキスすると思うか?」
そう訊かれ少し考える。確かに好きでもない人間とキスとか嫌だ。首を横に振ると、彼はにっこりと笑った。
「だろ?だから、俺はお前が好きなの」
衝撃の一言に思考回路も息をするのも止まった。
え……待って……この人は何て言った?僕を好き?一度もそんな素振りを見せなかったのに、如何いう事?
それに僕と久我君は初対面の筈だ。高校で初めて同じクラスになったクラスメイトで、詞空の取り巻き。
僕は彼にそういった印象しかなかった。だからこそ彼が僕に好意を寄せているなんて考えもしなかったのだ。
会えば冷たくされ、時に羨望と憎悪の視線を向けられる。そこに好きという感情はなかった。
ない筈なんだ。彼は一体僕の何処を好きなったんだろ。何の取り柄もない……
そこまで考えて、前にも誰かに対してこんな事を思った様な……
そうだ、詞空だ。彼にははっきりと好きだと告げられたわけじゃないけど彼の態度から僕に好意が有るのは明らかで。
それで戸惑って、詞空を避ける様になって……そんな事態が今再び目の前で起こってるんだ。しかも今度は面と向かって好きと言われた。男に。
それで僕は全く違う方向に話を持って行ってしまった。
「久我君はホモなの?」
かなり失礼な質問だが、一応確認しておきたかった。別に僕はそういう偏見は持ってないし。
「ん〜、ホモ寄りのバイかな。男は二、三人抱いた事があるけど」
要らん情報までどうもありがとう。そんな事実知りたくなかったよ。所謂あれだ、彼は男同士がセックスする時タチ側なんだろう。
そう考えると非常にまずい。僕は彼からネコに見られてる様だし貞操を失う前にさっさと帰ろう。
僕はいそいそと立ち上がり、鞄を持って久我君に笑顔を向けた。と言っても作り笑いだけど。
「色々教えてくれてありがと。じゃあまた明日……」
手を振って教室から出ようとすると、久我君の手が追いかけて来た。いとも簡単に彼の腕に抱きすくめられる。
「待てよ。双葉はホモとかバイに偏見はねぇの?」
そう訊く彼の声がほんの少し震えている事に気付き、この人にも怖いものはあるんだなと実感した。
「偏見は、無いけど……僕も男はいけるし……」
僕を愛してくれるなら、女でも男でも構わない。僕に他人 を選ぶ権利は無いから。
けれど久我君は僕の答えが余程嬉しかったのか、抱きしめる力が増した。
「そっか。そうなのか……正直引かれたりしたら如何しようかと思ったけど、お前が詞空に対して嫌悪を感じてなかったから告白しても大丈夫だと考えたんだよ」
ああ、そうか。僕は漸く理解した。
彼はずっと強がっていたんだ。僕の時と何時もの時の口調が違ってたからこれが素なんだとは分かっていた。
でもいざ告白するとなったらとても勇気が要る筈だ。相手は男だしドン引きされる確率の方が高かった。
しかしそれでも久我君は僕に告白した。勇気を出して。そう考えると彼に対しての嫌悪や恐怖は消えていった。
キスをされた時は驚いたけど僕はかなり淡白だと自覚している。キスの事はあまり気にしていない。それに本音を言うと気持ち良かった。
「別に嫌ってわけじゃないよ。今日で君の印象は180度くらい変わったし」
「ほんとかっ!?」
ぱああっと笑顔を輝かせる久我君。正直普段の笑顔よりもこっちの笑顔の方が僕は好きだ。似合ってるし。
幸せそうに笑う彼を見てたら僕も嬉しくなって来たけど、時間が気になって見ると最終下校時刻が迫っていた。
「久我君。そろそろ学校から出ないと門が閉まっちゃうよ」
僕がそう言うと久我君も一旦出るかと同意してくれた。揃って学校から出ると前を歩いていた久我君が振り返った。
「双葉ん家って何処?」
そう訊かれ目を見開くと彼はバツが悪そうな表情になって言った。
「やっぱさっき倒れかけたのが気になってさ。途中で気絶とかしたら大変だろうから家まで送るよ」
大半は俺の所為だし。と言う彼の言い分を聞き、僕も倒れるのは困ると思って素直に送ってもらう事にした。
家に着くまでに沢山久我君と話をした。
まず告白の返事を待って欲しいと。すると彼は何故かニヤニヤとした表情を浮かべていたので訊いてみた。
「待って欲しいって事は少なくとも俺に好意があるって事だろ?告白待ってる間もアプローチ掛けるから。んで良い返事を貰う」
すっかり意気込む彼を見て感心した。好きな人を一途に思えるのって凄いなぁと。その想い人が僕なんだけどまだ実感が湧かない。
あと久我君は僕に名前で呼んで欲しいらしく、僕は久我君をセイって呼ぶ事にした。名前は靖涂 って言うらしい。
話し込んでいるうちに家に着き、僕は歩みを止める。それでセイも家に着いたと察したのか振り返って笑顔を見せた。
その笑顔は作り笑顔でも無邪気な笑顔でもない。甘く蕩ける笑顔だった。
一瞬だった。一瞬でその笑顔に魅せられ、心臓がドクドクと早鐘を打った。セイに惹かれていると嫌でも自覚する。
「あ、双葉。スマホ貸して?」
言われるまま考えもせずにスマホを渡すとセイは手早く操作し、スマホを僕に返した。
「俺の携帯番号とLime交換しといたから。じゃな」
手を振り去って行く背中を見えなくなるまで見ていた。
この気持ちが恋か分からないけど、セイが気になり始めていた。
詞空を忘れるくらいに。
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