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第3話

 そのお宝は出荷待ちなのか、暗く少し肌寒い個室に置かれていた。怪盗Sはここに来るまでに、警備が手薄な工場内の様子に、若干違和感を感じつつも、目の前にあるお宝に胸を弾ませていた。  へー……これが、アイスドロップか。  情報よりも量が少ない。  既に出荷済の可能性も有るか。  でも、ここに有るだけでもかなりの金額。  この小さな一箱で百万円とか……考えられない……。  一体、どんなセレブな菓子なんだか……。  小さな箱はクリスタルで出来ており、その中にはうずらの卵程の大きさと卵形をした、半透明なサファイア色の艶々な菓子が詰められていた。所々に金箔の細工が入り、菓子と言うよりも宝石の様である。  情報によれば、この菓子は富裕層から既に予約完売済だとか。つまりここに置いている在庫は、行き先が決まっていると言うことになり、出荷が出来ないとなれば、メーカーとしての信頼も失われる。  パーティーに命を掛けるセレブも少なくは無い。そして、目玉の品が用意出来ないとなると、ネットに批判を一気に発信させられ、尾ひれが付き、あっという間に拡散され失墜してしまう。  ライバルメーカーの陰謀か……全く嫌な世の中だな。  社会の弱肉強食をうっすらと感じると、怪盗Sは自傷気味にフッと笑い、十箱で一梱包に纏められたお宝を手に取りアタッシュケースに詰めていった。  数にして五十箱。金額にして五千万円。金銭感覚が可笑しくなりそうな美しく高価なお宝だ。全てを納め終え蓋を閉めようとした所で、ハッとし首筋にたらりと嫌な汗を流した。 「全て仕舞い終えたか?」  背中に押し付けられた何かに、怪盗Sは体が動かなくなっていた。そして、何より声を発した男の気配が先程まで全く感じられないでいた。 「虎の子、満月の前日、変身前にお迎え致します」  フッと笑いながら奄美は、怪盗Sに予告状の文面を叩きつける。 「満月に変身するのは狼男。つまり、ハロウィンの前日は今日だ。その日に虎の子、大切な秘蔵品を頂きます……で、ビンゴかな? どうやってアイスドロップを知った?」 「……凄いですね。相手が悪かった……訳ですか」 「質問に答えて無いな。もう一度言おうか?」 「いえ、結構です。お話するつもりは……こちらは無いですからねっ!」  コートの裾をバサリと翻し、奄美の目を眩ませると、怪盗Sは天井に向かってバラバラに解いたお宝十箱を一気に投げ付けた。空中でクリスタルがキラキラと光り落ちて来る。  ここは日本である。一般の企業が銃など持っている訳が無いのだ。飛び道具で無いのなら、隙を付いて逃げる事も出来るはずだ。  しかし奄美はお宝に目もくれず、横を通り過ぎ逃げる怪盗Sの腕を掴んだ。そしてそのまま手にしていたスタンガンを、怪盗Sの首元に押し付け、呆気なく怪盗Sは奄美の手の中に落ちていった。

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