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第3話

◇  ふと目が覚めてベッドから起き上がる。隣に移したマットレスで寝ているはずのヴェスティーンがいない。意識が一気に覚醒する。夜だ。 「ヴェスタ?」  虚しく響く。 「ヴェスタ…」  部屋を出る。近くにいるかも知れない。 「ノール」  階段を降り、廊下に出たところで背後から地の底に響くような声を掛けられる。死角に立っているのはシャルグだ。首を軋ませながら振り返った。と同時に今までに無いほどの力が顔に入る。対面の壁に強かに身体を打つ。 「貴様!どういうつもりだ!」  怒鳴られ、心臓が跳ねた。大きく疼く頬に掌を当てる。 「奴隷から鎖を抜くということが!自国を滅ぼすことにもなり得ると!何故分からない!」  ヴェスティーンに何かあったのだ。シャルグを見上げる。肩を震わせ、ノールを睥睨する。 「彼はどこに…!」 「奴隷を人として扱うな!圧倒的力と拘束で捩伏せろ!出来ないならばお前が往ね!」  ヴェスティーンは何をした。命を惜しんでいた。馬鹿な真似はしないと思っていた。 「貴様は見届けよ」  首根っこを掴まれ、引き摺られる。 「兄上、」 「貴様にひとつたりとも命など背負えん」  シャルグの自室へ投げられる。大窓から仄暗い光が差し込んでいた。鈍い音と共に目の前に転がった肉体。複数人が絡み付き、立ち上がらせ、また鈍い音が立つ。両脇には幾重にもカーテンが垂れ森のようになって濃い陰を落とす。その中にアウステラがいた。冷たく暴行を見下ろしている。カーテンの影に隠れていたが白いネグリジェはよく目立っている。 「ヴェスタ…」  美しい身体に棍棒が入り、退廃的な影絵を作る。 「おやめください…、兄上…!」  願いは届かなかった。だが諦めがつかない。がふ、と音がした。よく見えないでいた。それだけに焦燥に駆られた。 「おやめ、ください…!」  すぐ傍に立つシャルグに縋る。振り解かれ、床へ払われる。 「見届けよ。立場を分かっていないということがどういうものであるか。貴様とて例外ではない」  髪を掴まれ見せつけられる。見えづらいか、と電気が点いた。真っ先に彩りを取り戻した視覚で焼けた肌が目に入った。 「ヴェスタ…が、何をしたと言うのです…!」  シャルグはアウステラへ視線を投げる。前髪を掴まれたままノールもアウステラを視界の端に捉えた。アウステラはシャルグを睨んだ。 「確か軍人だったな。その歳で中将とはよくやる」  ヴェスティーンは背を打たれ、がふ、がふ、と息を漏らした。見ていられない。目を背けると前髪を力任せに掴み直される。 「吐け。その矜持を曲げ辱めを良しとするのは何故だ?」  腕を投げだし、自力では立てなくなっているヴェスティーンにシャルグは問う。荒い吐息。ノールはシャルグの手を払おうとするが、また力任せに掴まれるだけだった。 「まだ足らぬか。良かろう」  連れて行け。シャルグに命じられ、ボロ切れのようになったヴェスティーンは連れて行かれた。ノールもまた投げ捨てられ、シャルグはヴェスティーンを追う。ノールは状況整理に頭が追いつかなかった。 「一体、…何が…あったのです…」  アウステラに問う。ノールを冷たく見下ろした。 「知らない」  義姉はカーテンの奥へ戻るつもりだった。義姉上。呼び止めた。 「いいか、主人に好意的な奴隷などまずいない。奴隷に好意的な主人もな。鎖で繋いで圧をかけなければならなかった。何か勘違いをしているなら目を覚ませ」 「何故そう冷淡になれる。彼はあなたと同郷の人です。あなたが肯定した戦争の被害者だ」  アウステラは知らないとまた言いたそうに、そしてこの話は終わりだとばかりに肩を竦める。 「ならば見届けよう。それで満足ならな。シャルグも言ったな、見届けよ、と。立て」  アウステラに導かれ、地下牢へ降りていく。 「見届けるというのは背負うということだ。それがお前のその華奢な身体で、潰れたりはしないか?」  地下牢に入る手前で無理矢理に向かい合わされ、アウステラは険しい顔をしていた。 「身体は関係ありません」 「分かった」  重苦しい扉を開き、アウステラを先に通す。野獣の慟哭によく似た悲痛な声に足が止まる。アウステラはノールを気にする様子もなく地下牢の奥へ進んでいく。足取りが重くなる。アウステラとの距離が開いていった。 「がっ、…っひ、ぁあっ、」  アウステラはやはり冷めた様子だった。柵に手を掛け、中を見つめている。ヴェスティーンの悲鳴が聞こえた。 「っぐ、っ…くぅ…!」  両腕を天井に吊るされ、全裸に剥かれていた。シャルグが鞭をしならせ、座っている。執行人がしきりにヴェスティーンの臀部をいじっていた。 「ご主人様が来たぞ。良かったな。見捨てられてなくて」  シャルグがアウステラとノールを順に見る。ヴェスティーンが切なく眉を歪め、ノールとアウステラを見る。濡れた目は逸らされ石壁に戻っていった。乾いた音を立てしなやかな筋肉に鞭が打ち込まれていく。 「ヴェスタ…、」 「お前がきちんと鎖に繋いでおかないからだ。我が自室に何をしに来た?……同郷の者を助けようなどというつまらぬ義心か?」 「あッぁ…ぁが、っく、う…」  執行人が臀部を太い棒状の物で貫く。背筋がしなり、両腕の拘束が軋んだ。はひ、はひ、と苦しそうに息をする。シャルグは鞭の柄でヴェスティーンの顎を持ち上げた。 「舌を噛むという手もある。この苦界から逃れたくばな。だが楽ではない」  下半身が引き攣っている。ノールは隣にいるアウステラを横目で見る。昏い顔をして、眉を顰めてヴェスティーンを見ていた。 「っぐ…く…」  尻に挿入された太い棒状の物が動かされる。 「痛みに強くなろうと、内部はそうはいかない。軍人ならば知っているだろう。屈辱に喘げ。後悔しろ。愚弟の粗末極まりない剣の下で死ねなかったことを」 「…ぅ、ぅぐ、く…ぅ…っ」  両脇の拘束具が軋み、濡れた音が響いた。呻きと嘲笑。ノールは黙って見ていることしか出来なかった。 「皮肉なものよな。姫と婚約していたのだろう。ご主人様より貴き身分でいられたかも分からないとはな」  ヴェスティーンの尻は貫いていた物の外気に触れていた部分全てを受け入れた。耳を劈く悲鳴が上がり、ヴェスティーンの身体は揺れる。膝が石畳を擦った。意識を失っている。 「ヴェスタ…」  シャルグは言葉を発したノールを睨む。 「まだ終わりではない」  天井から拘束具に続く鎖を外す。 「まともな飼育もできぬ小僧は寝ていろ」  シャルグはそう言ってからはノールには一瞥もくれなくなった。首輪に鎖を繋ぎ、石の上に伏したヴェスティーンを容赦なく引っ張った。目が覚めたのを確認している。 「狗馬の歩き方は分かろうな」  立ち上がろうとする頭を押さえて、銀髪を撫でた。さらさらと流れていく。立つことを赦されず、四つ這いになったまま歩いた。じゃらじゃらと鎖が鳴る。 「兄上…!」 「やめろ。手を出せば全てあの者にいく。考えろ」  牢を出てシャルグとヴェスティーンは真横を通った。さらに奥の部屋に入っていく。その先に何があるのかノールは知らない。追うつもりでいるとアウステラに襟首を掴まれた。 「で、も…オレには、ヴェスタが…必要で…っ」  アウステラの指が開くとヴェスティーンの連行された部屋に入る。 「愚か者めが」  シャルグは振り向くこともない。広い円形の部屋で、中心に広く照明が当たっていた。その中心にヴェスティーンは壁に繋がれている。 「何を…」 「怒りと暴力衝動は肉欲に近い。あの中将殿に個人的な恨みはなくとも、恨みはあろう」  シャルグとノールのいる反対の壁が開き、囚人服として与えているぼろ布一枚を身に纏った集団が入ってきた。 「嬲るといい。国を裏切り命を惜しんだ元軍人だ。欲のはけにしたところで何の咎もない」  ヴェスティーンは石の壁を見つめながら身体を小刻みに震わせていた。 「やめろよ!」  走り寄る前に投げられる。視界が回り、背中全体に衝撃が伝わった。逆光したシャルグがノールをやはり冷めた顔で見下ろしたがすぐに興味は失われた。 「ぁぐっ…く、」  男がヴェスティーンの背に覆い被さる。下半身が密着していた。男は感嘆の声を上げ、他の者たちがそれを囲む。軍人のケツいただき~と陽気な声が聞こえた。ノールは顔面を殴られたような気分がした。美しい銀の髪を男は乱暴に掴む。腰だけを密着させ男は上体を起こす。ヴェスティーンは腿に指を食い込まされるほど強く押さえられて、前後に揺れた。男とヴェスティーンの間の隙間から見えた楔。ノールは自身の胸を引っ掻いた。ヴェスティーンの中を男の性器が貫いている。無遠慮にノールが焦がれた肌を撫で回し、そして叩いた。ぺちん、と音がする。さすが元軍人の奴隷だ。ケツすげぇ締まる!早く替われ。男たちの下卑た会話が遠くに聞こえた。目に映るもの全てがぼやけて二重になる。焦点を合わせられなかった。何を見ても何を聞いても、そこには自身の罪しかない。 「は、ぁあっ、ンむ、…!」  銀髪の上に手を乗せられ首を曲げられたまま口に男性器が突っ込まれた。歯を立てるなよ、と頬を打たれて喉奥まで侵入する。お前らのせいで負けたんだ!怒鳴り声が聞こえて拘束具が軋む。ヴェスティーンの身体が何度も何度も揺さぶられた。ぱんぱんと肉のぶつかる音がして、塞がれた口からはじゅぶぶ、じゅぽ、と空気と水気を含んだ音が抜けていく。 「いい加減、現実の寸分も生きていないくせ現実逃避など惨めなことはやめよ」  シャルグはノールを見もしなかった。ヴェスティーンの悲鳴と狂宴を聞きながらノールはシャルグを見上げる。 「…彼は、投降したんです。そういう…敵意のない者は………国で保護する、べきだったはず…兄上が、…」  シャルグには肯定しか出来なかったはずだ。恐怖で歯が震え、声が出ない。 「ほう、兄上あなたは間違っていますと?兄上あなたが悪いと、そう申すか」  シャルグが怖い。無意識に餌食になっているヴェスティーンに縋ろうとしてしまう。頭を床に擦り付けられ、腰を高く上げたまま犯されていた。 「兄の像を奴隷に求めるか。情けない弟よ」  シャルグには見抜かれている。ノールは俯いて黙った。耳に届いていたヴェスティーンの声の色が変わった。シャルグがそろそろか、と呟いた。 「やつの浅ましい姿でも見て目を覚ますことだ。穢らわしければ殺せ。出来ないならば弟の不始末は詫びてやる」  シャルグは全身を引攣らせるヴェスティーンを眺めながら言った。後ろの扉が開いてアウステラがやって来る。シャルグを睨んでからノールの背を支えた。 「間の悪い」  言葉の割りにシャルグは愉快そうで、口の端を釣り上げる。数年経てばあの顔に近付くのだろう。幼い頃の長兄によく似ていると世話係によく言われたものだった。 「あっ、は……ッひ、ぃ、」  ヴェスティーンの腿が上げられ、そそり勃った性器とその真下に楔を打ち込まれた粘膜が見えたところで視界が塞がれた。見届けようと言ったアウステラの冷たく細い指が瞼を覆う。 「ぁあ、…あ、」  胸をいじられ執拗に腰がぶつかる。手叩きに似た音。高く掠れたヴェスティーンの喘ぎ。アウステラの手は震えていた。子供扱いされているのか、気遣いなのかは分からないが、アウステラとそう歳は変わらない。場数の差までは知らないが、俗悪的思想は語れど高潔な印象が大きい。ケツがピクピクしてるぜ。感じてんのかよ。うわ、乳首こりこり。会話が聞こえた。拘束の軋みにノールの胸は重くなる。アウステラの両手を外すことも忘れた。頭に残っているヴェスティーンが汚れていく。 「ぁ…くっ、ぅ、くぅ…、」  音だけだった。身体に力が入らないまま背後のアウステラに支えられて上半身を起こせていた。 「奴隷は生き方も仕事も処遇も選べない。どう処断するかは所有者のお前が決めることだが、そこに穢れだの純潔だのはない」  アウステラに囁かれ、シャルグは2人を見下ろす。 「君は余程あの軍人くずれが気に入っているように見えるが、同郷の哀れみか?それとも何か他に特別な情でもあるのか」  見透かした眼差しをシャルグはアウステラに向ける。身体を傾けられ片脚を持ち上げるヴェスティーンの水の膜を張った翠玉がノールとアウステラを捉えた。触られもせず腹に沿い膨張した性器と、抜き差しを繰り返し空気を含んだ他人の体液が泡立っては潰れる結合部を晒して高く枯れた声を出す。アウステラは苦渋を噛み締めるように顔を顰めてぶつかってしまった視線を切り離す。 「軍人くずれだろうが奴隷であろうが貧民であろうが皇族であろうが血の通った人間だろうに。切れば血が出る。刺せば死ぬ。何かが一歩違っていたなら、ああなっていたのは貴様かも知れなかった…」  ノールの閉ざされた視界ではヴェスティーンの悲鳴と下賤な会話、生々しい肉の音と、アウステラの静かな怒りしか分からない。ただあの肯定は諦念だったのだと知る。 「つまらぬ人間はつまらぬ仮定を持ち出す。なればそうなる前に、そうならぬようここで痛め付けておかねばなるまい。苦界に落ちるより安らかに永眠を選び取ればよい。人の生など儚いのだ。だのにやつはしがみつく」  虫酸が走るな。シャルグはそう言ってヴェスティーンの傍に寄っていった。アウステラの手が落ちる。ノールの視界が拓いた。浅黒く引き締まり、鍛えられた脚の間から床に向けて何か飛び散った。血ではない。何回かに分けて飛沫を放つ。男が腰をヴェスティーンの尻に押し込む度に床に滴っていく。 「随分と持ったな。だがまだ足らないだろう?」  馬を愛でるが如く銀髪を振り乱すヴェスティーンの頬を撫でる。しなやかな身体が、がく、がくっと跳ねた。囚人たちが出てきた扉から大男が入ってきた。シャルグが手招きする。黒い布に収まった陰部は大きく盛り上がっている。招かれ、促されるままヴェスティーンの肉体を触る。 「あっ、ぐぁ…、ぐっくぅ…!ぅうぅぁっ!」  遠目に見ても痩せた女の腕よりも太いと思った肉茎がヴェスティーンの体内を割り開いていく。今度は片手で目元を覆われ、首を小さく捻られる。震える腕で抱き竦めながら、頭上で怯えた息遣いを聞いた。 「見るな…見てはいけない」  声も震えていた。アウステラを気遣おうとして、引っ切り無しにヴェスティーンは呻く。泣き叫んでいるようにも聞こえた。見なくて良かったと思う半分、見たいとも思った。あの美しい雄の身体が雄によって力強くで暴かれる、陰鬱な興味を否定しきれないでいる。 「動いていいぞ。待たせて悪かったな」  ただの囚人ではないらしくシャルグの知り合いのようだ。軍の関係者か、刑の執行人だろう。とはいえ、とてもそうは思えない風体をしていた。 「どうだ、吐く気になったか?」 「ぅ、あぁ…あっ…くっ、は…っァ、」 「腹の奥が疼いて仕方がないだろう?楽になれ。底から奴隷となれ」  ばちゅん!破裂するような音と、勢いの良い吐息。そして静寂。 「虚勢などやめよ。無駄だ。私は聞かずとも知っている。だがお前の口から言わせたい」  くちゅ…くちゅん…。緩やかな抽送。 「戦で死んだ友人、婚約者、親…同胞…悲しかろうな、貴様の今の姿は。男根を咥え込んで、ここをこんなにして!」  言い聞かせ宥める口調が一気に詰問するものへと変わる。張り詰めたままの陰茎を掴まれヴェスティーンはか細い声で鳴く。 「すまな、い…すま…な…ぁ、あ…」  太い指が、つんと立つヴェスティーンの胸の突起をいたぶる。背筋に芯を通されたように身体がしなった。腿を抱えられて太い肉棒に粘膜が捲られ、また穿たれる。 「すま…なぃい、…すまなぃ…っ!ァ、は、っぁ…く、ぅ…っ」  巨体の体内への出入りが激しくなり、ヴェスティーンは震えはじめた。泣き叫び何者かへ謝り続ける。 「…っ」  ノールは目元を覆われたまま強く抱き締められる。そこに艶やかさはない。アウステラの怯え、恐怖、戦慄。長く細い指がノールの布越しの身体に容赦なく減り込む。 「、すまな、ぁっああ、あっぐぅぅううっ!」  痙攣した。下肢を小刻みに揺らしぶちち…っと床に迸る白濁混じりの透明な粘液。シャルグは愉悦に浸っている。痙攣が治まらないまま肩で呼吸するヴェスティーンの顎をノールとアウステラに向けた。だが力を失い、シャルグの腕に頭を預けてしまった。 「好きにせよ」  巨体は肉棒を突き入れられたままぐったりした身体に腰を打ち付けた。シャルグはノールとアウステラの元へ戻った。アウステラの掌が落ちて、背中に触れていた感触が離れていく。振り返ると倒れていた。シャルグが鼻を鳴らしアウステラを抱え上げる。仲の良いことだ。シャルグはアウステラを見て小さく笑った。ノールはそれを見ていたが、忙しない物音に意識は部屋の中心に向かった。うぅっ…とヴェスティーンは意識を失いながらも唸り、身を強張らせた。巨棒は体内で果てたらしい。逆流した体液が雨漏りのように溢れて床を汚す。巨体は帰っていく。シャルグもまたアウステラを抱えて立ち去る気でいる。 「犬でも兎でも買ってやる」  扉の奥へと消えていった。残されたノールはヴェスティーンの投げ出された裸体をなぞるばかりで近付けなかった。床には体液が広がり、空間は草のような苦味を帯びながら潮の匂いが漂っている。不快な朝に嗅ぐ憂鬱なものと同じ匂い。立つのが億劫で、膝と手を使い、その匂いの元に近寄った。ヴェスティーンは静寂に目を覚ました。弱々しく顔をノールの方へ曲げた。内側から押し出されたように縮れた毛と白い液を吐き出す。汗ばんだ肌が照り、緩やかに上下する。焼けた傷跡の腫れは引いているが治りきってはいない。 「ご、め…ん」  翡翠の瞳がノールを無防備に見上げ、何か言葉を発さずにいられなかった。意外そうに瞠られる。近くで見ると口元や頬に痣がある。 「ごめ、ん。鎖外して、ご…めん…」  翡翠の瞳は春先の雪解けを彷彿させる睫毛に潜む。 「俺を……殺す、か……?」  薄いゼリー状の精液を口の端から垂らしてヴェスティーンは掠れた声で訊ねる。首を振った。 「……そ、…うか……」  伏せられた表情がどこか残念そうに思えた。 「ヴェスタは、死にたい…?」  訊いた。嫌だ。死なせたくない。銀髪に触れる。ただ鷲掴むためだけに手垢を付けられた煌めく毛を梳く。犬や兎が欲しいわけではないのだ。ヴェスティーンはゆっくり首を振った。 「姫君の、婚約者だったんだね」  髪の中を指先が流れていく。 「ごめん…本当なら、あんたはオレよりずっと貴い人だったんだ…」  拘束された手の甲へ掌で触れた。自国ではないとはいえいずれは違う形で交流していたかも知れない。その未来が断たれ、今肌に触れている。 「…だが今は……奴隷だ……ノール様の…」  ヴェスティーンの声で名を紡がれると胸が痛んで抱き締めてしまった。震えている。 「ヴェスタ…」  何故部屋を出て行ったのか。訊かない。見当はつかない。だがおそらくノールが叶えられる内容ではないだろうことは何となく想像はつく。 「一緒に生きてくれ。あんたがいないと…ずっと1人だ…」  腕に収めたヴェスティーンの身体は温かかった。早く身を清めてやりたい。拘束具の厄介なベルトを外してさらにその下で縛られている縄を解く。細く現状な繊維がヴェスティーンの皮膚を傷付けていた。 「歩ける…?」 「……、ご…主人、様…」  手を差し伸べて立たせようとすると、やんわりと拒まれた。切なく眉を歪め、ヴェスティーンはノールに触れた。目がとろんとしていて熱っぽい。 「歩けない?」  抱き上げることは無理だろう。筋肉量が圧倒的に違う。背負えるだろうか。階段までなら行けるかも知れない。考えているとヴェスティーンはもぞもぞと身をよじる。乱暴に肩を掴まれ、背を向けさせられた。背後で、ぬち…と音がして振り返ってしまう。ヴェスティーンはうつ伏せで腰を上げ、両腕を敷くようにして右手が股の間で主張する茎を握り込んでいた。 「…ッ、見ないでく、れ…っ、見な……いで、くだ、っぁ、はァ…見…る、な…ッ、」  右手が動いてくちくち卑猥な音を立てた。ノールは訳が分からず、言葉の意味も分からないままヴェスティーンの意に反して右手の筒に磨かれる怒張を凝視してしまった。 「ぁ、…ふ、ぅう…っ」  恥じているのか機嫌が悪そうに寄せられた眉間の皺にノールはぞわぞわと背筋をなぞられる寒気に似た感覚に襲われた。だが不快ではない。 「ヴェス、タ…?どこか悪い、の…?」  ノールは宝玉を覗き込む。やはり何度見ても美しかった。ずっと眺めていたい。瞳孔の奥深くを見てみたくなる。ヴェスティーンの眉間の皺がさらに強く刻まれ、床に精が放たれる。鼻を抜けた声にノールの股間も膨らみを持っていた。隠して、息が整うのを待つ。はっきりした瞳がノールを捉えるとノールはさっと顔を逸らした。 「風呂入ろ…?」  嗄れた返事にまた、決して冷たくはない悪寒が走る。 「……ご、しゅじ、」 「ね、眠いかも知れないけど、オレも…入るから…」  掌を重ねて手を繋ぐことで精一杯だった。またどくりと質量を増す脚の付け根。 「ノー…、」 「あ、ある、歩けない?」  ノールは俯いた。ヴェスティーンは黙ってしまう。浴場まで連れて行く。全裸のまま歩く姿も見惚れるほどだった。夜更けのため人通りは少なかった。奴隷なら仕方ないといった風で、これがノールの知らないでいた認識なようだ。脱衣所でノールが衣服を脱いでいる間に浴場にヴェスティーンを行かせた。乾いた後にまた体内に注がれた他人の体液が流れ出ている。落ち着いていられなくなる。当のヴェスティーンは些事だと言わんばかりだから、ノールはそうは思えない。 「ヴェスタ?」  場内にある柱に手を付け、ヴェスティーンはタイルに膝をついていた。赤みを帯びて少し腫れている手が男たちに嬲られた粘膜へ伸ばされる。 「何…し、て…」 「…ッ、掻き…出さないと、汚して、しまいま、す…」  またとろんとした瞳がノールへ向いた。柱に預けた腕に額を当て、短い息。躊躇った指先。 「ヴェスタ、もしかして熱ある?」 「……、催淫剤を、打たれ、て…おります、ので…」  催淫剤が何であるのかが分からなかった。何か薬だということだけは分かった。その影響で熱っぽいのだ。 「楽にしてて」  ヴェスティーンの脇に座り、尻に向けられた指を握って下ろさせる。 「ノールさ、…っ御手が、よ…ごれ…」  気触れているのか少し盛り上がっている粘膜を傷付けないように指を忍ばせる。柱伝いに身体が落ちていく。 「オレは見ているだけ…ヴェスタが苦しい時に、オレは見てるだけしか出来ない…」  指先が難無く入ってしまい、量の多い液体が肌を通ってタイルへ流れた。柔らかく湿った内膜が指を締め付けた。 「…ッ、ぅ…く、」  腕に歯を立てる。やめろ。ノールはやめさせて、すると今度は唇を噛んだ。空いた手を差し込んでみる。ぬとついた唾液が絡まった。 「ヴェスタ、あまり傷を作るな」  打撲の痕が全身を点々としている。指先で内部を掻き混ぜるとひくひく腰が揺れた。 「ぁ…、あっ…あ…」 「くすぐったい?」  ヴェスティーンは身を捩り、声を漏らす。頭の中から殴りつけられているような訳の分からない衝動が沸き起こる。まだ湯に入ってもいないというのに湯中りか。 「ぅ、ふっ…ぁあ…ッは、ァ、」  締め付けられ奥へ進めと蠢く内部。しなる背筋と照りつく皮膚に激しく掻き乱された。 「ヴェスタ…」  粘膜から指を抜いた。惜しまれ、ヴェスティーンもまた悲しむような声を上げた。目的も忘れる。優美な肉体にしがみつく。離さない。処すわけがない。犬も兎も要らないのだ。他の人も要らない。 「…は、ぁ…ノー、…ルさ、ま……」 「出来るだけ一緒にいたい。奴隷とか軍人くずれとか、敗戦国の捕虜とかどうでもいいよ、今目の前にいるなら、過程とか未来とかどうでもいいよ…」  一方的なものだった。勝者側の傲慢だった。分かっている。偽善に染まってでも手元に置いておきたいのだ。 「…この、命…在る限り……」 「どんな高尚な講釈垂れたって…オレの生活には…ヴェスタしか、いないんだから」 「……ご、主人様は…狭い世界に閉じ籠っておいで、だ、話を聞く者は思ったより多い。ノール様の魅力に気付く者がきっと…」  ヴェスティーンの瞳に優しく映り込む。その先が見たい。沸き起こった欲のまま瞼に唇を落とす。 「でも、その時に、ヴェスタも傍にいてね」  手の甲を拾われて柔らかな唇が触れた。伏せられた銀の睫毛がゆっくりと上がる。暗く陰を落とした翠玉もまた呼吸が止まるほどに美しく、くらくらした。手の甲が淡く疼く。股のものがまた存在を 主張する。 「ノール様は………、自涜は…ご存知ない?」  惚けていると、今になって恥じらいの色を含んだ顔をしてヴェスティーンが問う。 「自慰…手淫とも、……言いますが……」  答えずとも分かったらしい。一度ノールの前から去り、湯殿から湯を掬って手を清める。ノールの前に戻ってくると、躊躇いがちに失礼します、と言ってノールの股間の腫れ物に触れた。ヴェスティーンにその部分を触られるのは初めてではない。だが直接は初めてだった。 「あっ、ちょ…ヴェスタっ、!」 「男の身体はこうせねば毒なのです……」  ヴェスティーンに触れられると抵抗出来なくなってしまう。擦り上げられると腰が勝手に動いて、怖くなった。ヴェスティーンの身体のどこかを掴んでいないと不安で仕方がない。 「ヴェスタ、…も……?」  ゆっくりとノールの雄の象徴を撫でていた手が止まる。双眸を捉えたが、その視線は明後日の方向へ投げられる。

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