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第4話

 ヴェスティーンの手によって射精へと導かれる。逞しい筋肉に身体を凭せ掛けて、慣れない感覚に陶酔していた。 「なんだか、変な感じ…」  頭がふわふわとしていたがヴェスティーンの指に絡んだ粘液に一気に冴えた。排泄物のようなものではないのか。慌ててお湯をかける。ヴェスティーンはまだ少し熱っぽさを感じた。ノールをぼぅっとして見つめている。 「大丈夫か?」  顔を覗き込んで声をかけると、腕を引っ張られてその胸に倒れた。抱き締められてノールは身を固くした。浅い息が耳にかかる。 「ご……主人、さ…ま…」 「苦しい…?ヴェスタ、誰か、」 「すみ…ませ……」  嚥下の音が生々しく聞こえた。震えた手で強くノールを胸に押さえつけた。鼓動が伝わった。速まっている。 「も、う…少しだけ…」  ヴェスティーンが密着した。ノールの鼓動もまた速くなる。熱さに息苦しい。体温に蒸されてしまう。だがそれがひどく心地良かった。髪に触れた銀髪の感触と息遣いに頭の中が溶けていく。引き締まった腰へ腕を回すとぴくっと反応して、硬いものが下腹部に当たった。 「ヴェスタ」  先程の自身と同じように腫れている。手を伸ばしてみた。ヴェスティーンは短く息を吐く。触れたそこも揺れた。 「…っ薬が、切れず…」  近くで見ると赤らんだ顔をしていた。浮かび上がった胸を締め付ける欲求の正体が分からずヴェスティーンの顔を捉えて、下を向かせると背伸びをした。顎に唇を付ける。何かが違うのだ。首や肩にも吸い付こうとしたが止められてしまった。抱き締め直され宥められる。 「ご、主人…さ、様、いけませ……」  凛々しい顔が蕩けていた。見てはいけないものを見てしまった。可愛いと思った。簡単に引けないと思った。触れたい。知らない顔をもっと見たい。そして悟のだ。熱い吐息と麗らかな声を出す唇を塞いでみたいのだと。ノールの心中を見抜いているのかゆっくりと首を振られる。それをノールも首を強く振って拒絶する。 「……この身は……汚れて……ッ」 「じゃあ、清めたら、いい?」  ヴェスティーンは数秒置いて頷きかけ、少し停止してから頷いた。 「途中でやめちゃったから後ろ、また掻き出してあげる」  抱擁が解かれ、ノールはヴェスティーンの後ろに回った。引き締まった尻についた痣が気に入らない。ヴェスティーンのせいではないけれど。鎖で繋いでおかなかったのはノールだ。 「ノー、ルさ…ま、待っ、」  お湯をかけ、洗い流しながらゆっくりと指を入れていく。段々と膝が曲がり、タイルへと近付いていく。身体を支えながらノールも腰を下ろした。 「…、ノール、さ…」  挿し込んだ手を指でくすぐられる。くすぐるつもりはないのだろうが、もどかしく引っ掻く様はくすぐっていた。内膜に包まれ、軽く曲げた指を止める。 「痛い?」 「……ち、が…、ァぁ…ッ、」  汗ばんだ肩に我慢できず口付ける。 「ぁ、…ぁ!」  掻き出したものとは違う体液がタイルを汚した。焼印の痕を避けて吸い付いていく。 「も…う……、ぁっ、く、」  身を痙攣させてノールから逃れようとする姿は蝶の羽化に似ていた。抱き着く。逃がさない。蝶になどしない。震え続けて慌ただしく呼吸している。ヴェスティーンの下腹部からタイルに透明な糸が伸びていた。 「ノールさ、…ま…」  涙ぐんだ双眸が近付く。鼻先が触れてからヴェスティーンは引いて、その分ノールが迫るが、背けられた。体内から残滓を掻き出すのを終え、背中の火傷に触れないように背中を洗っていく。泡立てたスポンジで丁寧に洗っていく。肌を傷付けたくない。そこまで弱そうな皮膚ではなさそうだったが、怖かった。ガラス細工を触る時と同じ心持ちで泡を広げていく。浅黒い肌に、目立ちはしないが薄らと鬱血痕を確認する。ノールが付けたものだ。頬が緩む。押したり撫でたりして泡を落とした後にまた吸い付く。 「ご、しゅじ…」  上から付け直し、舐めた。 「前も洗わなきゃだね」 「自分で洗っ…」 「オレが洗う」  背後から抱き締め、泡立ったスポンジを前に滑らせる。念入りに洗う必要はない。日付でいえば昨日入浴しているのだ。このようなことになるとは思う由もなく。これからは毎日共に入りたい。 「ご、しゅ、じ…さ、ま…」  鎖骨から胸板にスポンジを這わせる。腹筋を辿って、霜柱のような下生えまでを洗っていく。唇が届く限り吸っては舐めた。 「お、…やめ、くださ…、」  胸の高鳴りが抑え切れない。泣きそうなのか掠れた細い声を上げて、ノールの手に触れた時にやめる気になった。ヴェスティーンは黙ってノールから身体を背けた。ノールは仕方なく湯船に浸かった。とはいえ寝る前に入った。身体中を洗い流していく間もじっとヴェスティーンを眺める。甘いミルクの香りがする乳白色の湯に鼻の下まで入れぶくぶくと気泡を発生させる。 「怒った?」  やり過ぎたかも知れない。ノールからしてみれば全く足らない。 「ご…主人…様、は、女性の身体に触れたことはおありか」  問われ、身近にいた女性を思い浮かべる。あまり近くにはいない。婚約の話は挙がったがシャルグが破談にした。お前には自覚が足らぬ。お前に人の生が背負うてか。妻と子、手前の命を背負うには未熟だ。そう言われた。近しい女性を思い起こすだけでもシャルグは邪魔をする。黙っているとヴェスティーンは湯をかぶって振り返った。 「母上と、侍女と義姉上になら」  質問の内容を忘れかけたが、頭に残った者たちを挙げる。ゆっくりと視線が逸らされていく。ヴェスティーンは分かりました、と分かっていなそうな様子で答えた。亡国の女が恋しくなったのか。シャルグの話ではその相手は姫らしい。だが亡くなった。ヴェスティーンにその気さえあれば、この国で妻帯し、末代まで面倒を看ることも出来なくはない。考えて、嫌になった。、ヴェスティーンが妻を迎えるのも、子を抱き上げる姿を目にするのも、子を成して次代へ繋げるのが当然であり、繋がることが必定という考えも。 「ヴェスタ、女の人と遊びたいのか」  ヴェスティーンの濡れた髪を掻き上げる姿にどきりとした。 「いいや……」 「好きな人いたんだろ」 「婚約者…ですか」  訊いていいのか分からない。これ以上踏み込んでいいのか。否定も出来ず、首肯もしない。 「姫です。特にどうということもない。形ばかりの関係です」  ヴェスティーンは背の傷口を気にして湯には入らなかった。バスローブを巻かせて、ノールは着てきた物を身に付け部屋に戻る。部屋の隅に投げ捨てた鎖と手枷をヴェスティーンの片手に嵌める。ベッドに座っているノールを、床に膝を着けるヴェスティーンが見上げた。翠玉に見つめられる。 「ごめん、一応」 「いや…そうではなく…片手でいいのかと…」  暗い中でも美しい。見惚れながら、返事をする。 「…あまり私を、信用なさるな…」 「裏切ってもいい」  顔を手で掬う。待ち焦がれた。唇に触れそうになって、逸らされる。 「…奴隷にそんな真似、」  浮き出た首筋と骨に行き場を無くした唇は吸い付いた。ノールのベッドの脇に置いたマットレスへそのままヴェスティーンを倒す。 「ノール、さ…ま…」  首筋を齧っては舐め、バスローブをはだけさせる。鎖骨を噛んで、胸や腕の皮膚に鬱血痕を散らしていった。脇腹にも下腹部にも飽きるまで。内腿へ頭を埋めるとヴェスティーンは狼狽した。髪が柔肌を掠めてくすぐったいのか膝が内側を向いて狭くなる。満足して顔を上げた。翠玉が融けそうに濡れている。ノールは脚の間から退くこともなく隣のベッドから掛け布を取る。 「一緒に寝る」  開かれたバスローブに入り込んで、ヴェスティーンに密着し、掛け布で覆った。 「身体を痛くします」 「どうせ明日もやることなんて、ないし」  傷が潰れて痛むのか寝返りをうってノールの方へ身体を向けた。さらに近付いて緊張が走る。肘を立てて、眺められる。寝かし付けられているらしい。眠れるはずがない。 「ヴェスタ?」  返答は何もない。 「頭、撫でてほしい」  無言のまま大きく温かい手がノールの髪を梳いた。弟のネロンテッドは以前までシャルグに寝かし付けられていた。ノールはシャルグと並んで寝たことはない。いいな、と思った。ネロンテッドが。このヴェスティーンの手付きが。安堵に眠気が訪れる。 「ヴェスタ…」  月の光に妖しく光る翠の瞳が細まった。胸へ頭を埋めて目を瞑る。隣の体温に融解したいきそうだった。 ◇  アウステラの体調不良が続いているらしい。気は進まなかった。ヴェスティーンが脱走した一件から顔を合わせていない。 「ヴェスタが会って差し上げたら喜ぶんじゃないか。同じ国の生まれというのは心強いだろ?」  心強いのだろうか。同じ立場にあった時、同じ国の生まれだからと会わせられたのがシャルグだったなら。だがヴェスティーンとアウステラはそういった知り合いではないだろう。ヴェスティーンもまた気が進まないのか迷っている様子を見せた。シャルグの元に向かうのはやはり億劫なのかも知れない。 「あのくらいの女性が寝込んでる時に贈る物ってなんだろうな」  窓から都を見下ろす。見えるのはほとんど城の青い屋根と反対側の尖塔だ。 「花が無難か。花好きというようなお方ではなさそうだが」 「以前の礼も兼ねて装飾品か?病床に臥せっている時にそれはおかしい」 「兄上のもとにいれば大概の物は揃うのだからここは何も持たずに行くか」  ぶつぶつと部屋を行ったり来たりする。アウステラの挙動はノールには理解しがたい。女性は茶会での雑談や、甘い菓子が好きなのではないのか。煌びやかな衣装や豪奢な暮らしが好きなのでは。満足していないことは伝わっているが、それは贅沢な生活への欲というよりはむしろこの城での日常そのものに不満を感じているようだ。 「人生の先達として訊こう。大概の女性は何を喜ぶ?」  ヴェスティーンはベッドの脇に座っていた。ノールを見上げて冷淡さの残る顔立ちに戸惑いを滲ませる。 「一概には…言えませんが…何か料理を作って差し上げては」 「作るって何を…?」 「ティーフェでは、ロールキャベツのポトフを、体調が優れない時によく食べていました」  ノールの知っている限り、ポトフはそう頻繁に城の料理としては出てこなかった。 「わ…分かった。厨房を借りてくる。ヴェスティーン手伝ってくれるか?」 「喜んで」  ヴェスティーンとならば苦手な料理も悪くないと思った。同郷の者が言うのだから素直に従うことにする。他に思い当たる物もない。アウステラのために作ったといえばシャルグも潔く通すだろう。  ヴェスティーンに教えられながら野菜を切る。隣で1つ2つと難無く挽肉がキャベツに巻かれていく。 「料理よくしてたの」 「名もない兵だった頃に」  3つのロールキャベツを巻き終わり、ノールがもたもたと切っていく根菜も手際良く小さくなっていった。鍋で煮込み、仕上がると皿に盛るとワゴンとディッシュカバーでアウステラのもとへ運んだ。ヴェスティーンの足取りが重くなっている。 「部屋の前で待っていてくれたらいい」  すまなげにしてシャルグの部屋の前で、両手を後ろで組み、両膝を床に着いて爪先を立てる。捕虜を見世物にした体勢にノールは顔を顰めて、シャルグの部屋に入った。カーテンが左右に幾重にも垂れ下がり、中心には真っ赤な絨毯。大窓の前に重厚な雰囲気の机と革張りの椅子が置かれ、謁見の間のようになっている。 「義姉上」  誰もいない机の前に跪き、大窓を見つめながらカーテンの奥の部屋にいるであろう義姉を呼ぶ。 「義弟か。何の用だ」  アウステラは姿を現わすことなく応えた。声だけではどこか調子の悪さは感じられない。 「…僭越ながら、ロールキャベツのポトフを持って参りました」  アウステラが姿を現わす。肩を露出したワンピースに薄布を掛けている。姿を見ていつもと雰囲気が違っていた。窶れたような。健やかさがいつもより薄い。 「ありがとう。よく分かったな」  顰めっ面が多く、きつい印象を持たせがちな美しい顔に照れのような笑みを浮かべる。 「……ティーフェ帝国ではよく食べると聞き及びまして」 「そうか…」  既に見慣れているだろう室内を見回してから、ノールに目が戻る。緑の双眸は新鮮なキャベツの色にも似ていた。 「…お大事になさってください」 「義弟よ」 「はい」  ノールを見つめる。疲労が見えた。無言のまま。何かを発するまで見上げていた。いや、なんでもない。銀髪が蝶を思わせる緩やかさでひらひらと揺蕩う。 「待たせているのだろう。悪かったな」  ノールへ近付き、脇にあるワゴンをカーテンの奥へと押しながらアウステラは言った。 「失礼いたします」  シャルグの部屋を出て、ヴェスティーンを確認する。いない。逃げ出した?機会を窺われていた?連れ出されたのか?疑問がひしめく。 「ヴェスタ?」  近くにいるのだろうか。近くにいてくれ。シャルグの部屋の前から去って、また戻る。だがヴェスティーンの姿はない。 「ヴェスタ?…ヴェスタ…!」  部屋に戻っているのであればそれでいい。自室に向かおうとしたところで対面からシャルグの執事がワゴンを押してくる。どうかなさいましたか、と穏やかに訊ねられた。大声で叫んでいるのが恥ずかしくなって、だが恥ずかがっている場合ではないと口を開いたが声に出せず首を振った。大事にすればまたシャルグに怒られる。自分で探さねばならない。執事はワゴンを押してシャルグの部屋へと入っていった。ヴェスティーンはどこにいる。シャルグより先に見つけなくては。自室に戻る。やはり逃げたのか。狭かった部屋が余計狭くなったというのに今では広い。またすぐに慣れるだろう。だがこの錯覚が解ける瞬間の虚無感にノールは部屋を見ていたくなかった。まだそうと決まったわけではない。城内を探し回り、庭にも出た。それでも見つからない。城門を見て、それから引き返す芝生の上で突然、まだ残っていた楽観的な考えを毟り取られて膝を着く。帰って来なかったら。また1人だ。孤独だ。口数は多くない。まだ呼ばれ慣れないでいた。呼び慣れた様子でもなかった。それでもあの体温とあの眼差しとあの感触が隣にあるだけで良かった。静かで、けれど何も寂しくはなかった。風が吹きつけ頬を撫ぜる。庭師がぎょっとしてノールを見た。生まれた頃からいた使用人が近くを通りかかり、お召し物が汚れます、と言った。孤独ではないはずであるのにやはり孤独感に襲われている。慣れたはずだ。帰って来て。馬鹿らしくなって芝生に寝転ぶ。視界一面の空は赤らんでいる。楽しかったな。そう思った。何をしたわけでもない。ただひたすらに老いて衰えて死を待つだけの、意義の無かった飼い殺しの日々が楽しいと感じられるた。待っているはずの老いて衰えて死ぬ日が遠ざかってしまいそうだった。だのに無責任にまた放り出されるのか、その生活に。 「ヴェスタ…」  呟いて目を閉じる。青々と茂った芝生が柔らかい。瞼の裏に真っ先に思い描く人が兄以外に現れた。そしてその中身も異なっている。けれど彼にはそうではなかった。そうではなかったのだ。この国が殺害した女性を、おそらくは。婚約者だ。婚約者という存在をノールは詳しく知らない。だが政略結婚だとしても今後の生活に関わる存在だ。意識だってするはずだ。一面の空と豊かな芝生に挟まれてそのまま世界に溶け込んでしまえばいいと思った。今は結局のところ、あの男に会えた喜びの裏返しにひしがれている。  目が開いた。通りかかったはずの長い使用人が空を背景に視界に侵入している。ここにいましたわ!みな心配していますわ!騒がれて、どうかしたのかと問えば、ノール様が帰って来ないからでしょ!と叱られてしまう。彼女にとってはいつまでも幼子だ。強引に腕を取られ、背中に付着した芝や砂などを叩き落とされ城へと戻される。部屋でいい子にしてなさいね、と残されてからノールは尖塔内頂点にある自室へ帰った。誰よりも太陽に近いところで暮らしているというのに気分は晴れない。命尽きるまでと言った。だのに。 「ノール様」  扉が開いて、待ち焦がれた人が現れる。幻覚であってもそれでいい。 「ヴェスタ!」  生臭さと濡れたボロ切れに構わず抱き着いた。 「申し訳ありません」  髪や顔に何かこびり付いている。ぱりっと乾いていたり、粘り気を帯びて濡れていたりする。蛞蝓の這った跡に似ている。拭うと翠玉がわずかに開いてその腕を取られ、舐め取られた。 「ヴェスタ?」 「汚れてしまいます」  指を舐めた舌にぶわりとした熱に近い悪寒とも痺れともつかない感覚が走り、広がっていく。 「大分冷えておいでだ」  苦笑され、それがどこか初めて見るような柔らかな笑みのような気がして、広く厚い胸を弱くぽかぽか殴った。 「だってヴェスタがいないから…!」 「…申し訳ございません」 「帰ってきてくれたからいい、それだけで。もう会えないかと思ったんだからな」  べとついていたりぱりぱりに衣類が小さく乾いていたりしていたがもう一度強く抱き締めないではいらない。大きく開いた胸元や両腕、脚にもやはり蛞蝓の這った跡がある。 「風呂行こ」  粗末なボロ切れの衣類を引っ張る。新しく上等な衣類を買いたかったが、シャルグに嫌味を言われ、老臣たちの不興を買う。何より戦後間もない。ヴェスティーンも遠慮するだろう。せめて何かもう少しまともな衣類を買いたい。脱衣場で脱いだヴェスティーンの身体に散る鬱血痕は目立つものではなかったが、近付くとよく見える。下腹部の中で熱砂が巻き上がる。 「そうだ。義姉上、喜んでくれた。ありがとうな」 「お役に立てれば幸いです」 「ヴェスタ」  しなやかな身体に抱き着く。少し痩せた。軍人時代のように鍛錬を積める状況ではなくなった。 「ノール様」  背にヴェスティーンの掌が回って、ノールは満足感に涙が溢れた。それを隠し、浴場へと促す。鎖に繋ぎたくない。抱き締められないから。身体を洗い合う。清めた身体で部屋に戻る間も隣のバスローブへ身を寄せた。狭い螺旋階段の前に使用人が立っていた。ノールへ二つ折りの紙を渡す。アウステラからだった。今日の礼を直接言いたいからとの呼び出しだった。 「義姉上からだ。ポトフのお礼を言いたいから参れと。オレだけで作ったわけでもないから、ヴェスタも行こう?」  ヴェスタは少し迷い、それから躊躇いがちに頷いた。 「ヴェスタも義姉上は苦手か」  濡れて黒ずむ銀髪を耳にかけたり、指を通したりして遊びながら拭いていく。普段は、すでに普段と化した日常では、ヴェスティーンがノールの髪を拭いた。風邪を引く、毛先が傷むと。姫の婚約者は違うなと思って、わずかに痛みが滲む。奪ってしまった。それがノールの意思でノールの 手によってではなかったとしても。 「苦手か否かと問われると、分かりません」 「そんなに関わり、ないか」  今は亡国となった地でもそう関わりはなかったのだろうか。 「何もお訊きにならないのですか」 「帰って来なかったら訊いてた」 「ノール様…俺は2度もあなたの傍を離れた…」  あまり表情に変化のない、冷淡さを秘めた美しいが憂いを漂わせる。ノールが幼い頃にしてもらったように毛先をタオルで叩くように拭く。 「結果論だけど、でも今目の前にいるから、別にいい」  髪から水分を吸い取ったタオルをベッドの柵に干す。まだ乾ききらず毛は黒ずんでいる。ヴェスティーンよりも表情を変えるその髪を飽きずに撫でる。毛先が絡まないように解いてはまた根元から梳いていく。 「ノール様、俺はノール様にそのように扱われるに値するものではありません」 「なんで?」  新しいタオルを垂れたヴェスティーンと項に掛けた。衣類が濡れては寝づらいだろう。 「俺が奴隷であなたは第二皇子だからです」 「兄上も義姉上もきっと怒るだろうけど、そうしたいんだよ」  逞しい肩に手を置いて上半身を伸ばし、濡れた頭に唇を落とす。 「値する、値しないで決めるのは頂点に立つ人だけでいいよ」  肩に置いたをそのまま伸ばして背に胸を押し当て密着した。 「ヴェスタがいなくてもきっと生きていける、オレは。今までだって生きてたんだから。でも、前のオレより弱くなったんだ」  ヴェスティーンの熱い手がノールの手に重なった。 「食うにも住むにも着るにも困らないけど、全然貧しくなんてないのに、貧困した生活だと思った。つまらなくて、虚しくて、人生は短い時間を無駄にさせるなって兄上は言うけど、なんでこんなに人生は長いんだろうって思った」  ヴェスティーンの肉感を確かめる。温かさがあり、硬さがあり、軟らかさがある。指に伝わる。 「この部屋だけ取り残されて、みんなせっせと働いて、オレは1人ここで空をただ見上げて、そういう暮らしが不幸だったわけじゃなかったけど、もう戻りたくない」  身体を辿る手も握られる。両手から両手の体温を伝えられる。むず痒い。指先が疼く。 「ノール様はお強い。俺は何かに縋ってばかりの日々です」  翠玉に追われた。捕まる。手を外されて、ヴェスティーンは身を翻すとノールの背に手を回して傾けながら膝を抱く。 「ヴェスタ?」  翳りながら煌めく瞳に射抜かれると頭が回らなくなる。身体が浮いた。軽々と持ち上げられて、ノールはベッドへと寝た。 「あなた様に縋っても良いですか」  覆い被さってノールの肌を撫でる。頷く。するとヴェスティーンは既に芯を持ったノールの下腹部を撫でた。 「ヴェ、ス…」  跨がられ、額に額を当てられる。前髪のざりざりした質感が面白くなる。鋭さのある顔立ちが希求に塗れて近付き、しかし何もせず遠ざかろとしたためノールは首を上げて、通った鼻先へ自身の鼻先を当ててから離れた。ヴェスティーンは指を舐める。その手を取ってノールが舐める。潤いのある翡翠にその姿が映る。ゆっくりと口内から抜かれて、衣類の合わせを潜って浅黒い体内へと入っていく。 「…ッ、」  歪む眉。ノールは少し驚いた。下腹部を撫でられ続ける返礼かのように衣越しに大腿を撫でた。 「…ヴェス、タ…?」 「こ、こに…ッノール様を、お…迎え…し、ます…」  苦しそうに思えた。悶えているのか身を引攣らせる。 「また兄上にそこいじめられたのか」 「今日は……ッ口だ、け…っ、で…す、」 「ヴェスタ…」  自分がされて心地良かった。単純な理由で少し盛り上がっている下腹部を自身がされているのと同じく撫でてみる。 「…っ」  まだ片手を残している腿が震えている。 「気持ちいい?」  首が落ちるように頷く顔がひどく幼い。新しい表情に胸が大きく鳴った。ノールの下腹部の熱芯周辺を往復していた手は止まり、ヴェスティーンはもどかしげに腰を動かす。後ろから来る苦しげな雰囲気を、前を擦ることで和らげられないかと固くなっていく茎を扱く。自身にもある器官だがノールはまだ要領を理解しきれずに根元から先端部へ掌の筒を上下させては先端部を親指で押してみたりした。 「…っ、ァ…ぅ、」 「ヴェスタ…」  下腹部に置かれたままの手を握る。跨がるヴェスティーンを見ているだけで充分だった。雪の中に埋もれた翠が眇められる。 「…少し、き…つかったら…申し訳ありませ…」  ノールの下を脱がせる。跳ねて露わになる陰茎を幾度かヴェスティーンは摩り、固定した後に腰を下ろす。 「な、ヴェ、ス…な、に…」  先端が食い締められながら軟らかく、だが固くヴェスティーンの中に消えていく。 身体から力が抜けた。腰が勝手に動こうとする。少しずつ、肉幹が埋もれて、ヴェスティーンの肌とぶつかった。目の前がちかちかする。身体から自分自身が出て行ってしまう心地。 「ま、って、待っ、ぁ、」  密着した下半身がゆっくりゆっくり離れていく。全体の動きに反して結合部は絡み付く。 「…っ、ァ、っく、きつ、くは、あり…ませ…、か……?」  眉間に寄った皺で盛り上がった皮膚を吸ってみたい欲に駆られる。 「ひ、ぅ、」  上体を起こそうとすると悲鳴が漏れたため動きを止める。 「ごめ…ん、苦しい?」  短い間隔で呼吸をするヴェスティーンの腿をまた撫でる。なめらかな肌をノールの身体中の皮膚が求めている。 「お気に…なさらず…っ、ノールさ、ま…ぁ、」  目の前で腰がまた浮かんでいく。繋がった部分が吸い付かれる。再び身体だけを置いて自分自身が抜け出ていってしまう浮遊感と微かな痺れ。 「ヴェスタっ…、」 「は…っ、ぁァ、くっ…」  突き上げを繰り返してみる。大きく息を切らしていた。腰を止める。馴染むまで待ちたい。ヴェスティーンの前に触れる。内膜が収縮しノールを締める。 「ノー、ルさっ…ま…、」 「ヴェスタに…こうされると、気持ち良かった、から……よくな、い?」  何もつけていなかったそこは滑りがよくなっている。湿っている。先端が咽び泣いていた。 「気持ち、い……い、…ぅ、っ!」  引き絞られて誘われるままに突き上げる。上体を起こす。小さく上がった高い声に安堵して汗ばんだ背を抱き寄せる。大きなヴェスティーンが乗っているという構図が滑稽で、同時にもどかしいほどの可愛らしさに頭がおかしくなりそうだった。 「ヴェスタ」  鎖骨や胸に鬱血痕を散らす。ノールの後頭部に腕が回り早まった鼓動を聞いて果てかけた。

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