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「下の名前? 下は渉」
「渉さん! かわいい!」
「女の子みたいな名前だよね」
ぼんやりした常夜灯の明かりの中、ベンチに並んで座った加賀見と渉。
日中はまだ蒸し暑く夏の名残を引き摺るものの、茂みの方からは虫の鳴き声がしている。
日暮れも早くなった。
「加賀見君、高校生だよね、二年生?」
「うん! 二年生!」
何でもハキハキ答える加賀見に渉はふふっと口元を綻ばせた。
「加賀見君、何だかこどもみたいだね」
渉さん、イイ匂いがする。
渉さん、俺より細くて、でも女子より全然華奢じゃなくて、ちゃんと男の体で。
渉さん、笑い方がすごくキレイ。
渉さん、渉さん、渉さん……。
「はぁ……」
渉への想いで胸が満杯になった加賀見の口からため息が零れた。
夜の入口に沈殿するような重たげな吐息だった。
渉は忙しげに瞬きする。
それまでこどもみたいだと思っていた彼が妙に男っぽい吐息を零したことに、ちょっと、動揺した。
「あ、もう晩ごはんの時間だよね、そろそろ帰らないと」
「え!!やだ!!」
男の片鱗をちらつかせたかと思えば小さなこどもみたいに何度も首を左右に振って全力で別れを拒んでくる。
「渉さんって結婚してないよね?」
そこへそんな問いかけ。
まさか、もしかして、脳内にじわじわと湧いてくる予感。
「指輪してないもんね? 彼女は? い、いる?」
「い、いないけど」
「ほんとっっ」
フリーだということがわかって嬉しくなった加賀見はずいっと渉に身を寄せた。
二人の間に置かれていた、渉が受け取ることを丁重に辞退したペットボトルが転がり落ちた。
きちんと締めていなかった蓋が外れて中身が地面にトクトク溢れ出す。
「加賀見君、零れて……」
なかなかの至近距離でじぃぃぃぃっと加賀見に見つめられて渉は言葉を切った。
服越しに伝わってくる、伸びやかに成長中である男子高校生の熱気に中てられる。
躊躇ない真っ直ぐな眼差しに辟易して、でも逸らすのは失礼な気がして、でももう少し距離が欲しくてベンチ端にさり気なく詰めたら。
ずいっっっ
「か、加賀見君」
触れそうで触れない距離にまで迫った加賀見が無言で顔を近づけてきた。
「あの、加賀見君、その、近いよ、お、落ちちゃうよ」
「……」
「か……加賀見君……えっと、その、昨日会ったばかりで、こんなこと、駄目だよ……加賀見く……」
弱々しげに動いていた唇にとどめをさすみたいに、加賀見は、渉にキスした。
「この犯罪者が」
「でへへへへ」
「ほんと急展開だね。今西さんってノンケの人なの?」
「のんけー? あ、そういえば高校の時に好きだったクラスメートに似てるって言われた!」
「それって女子じゃねーよな」
「ゲイの人なんだ」
顔を見合わせている二人の前で、加賀見は、その後のことをこっそり思い出す。
「ん……っんんんん……っ」
秋の虫が涼しげに鳴く公園の一角、生い茂る草木で歩道から絶好の死角となるベンチ。
渉にキスできたことでぽーーーーーーっと舞い上がった加賀見。
初めて訪れた口内を舌先でぐちゅぐちゅ掻き回した。
どうしようと迷っていた渉の舌にぬるぬる擦り寄って、クチュゥと音を立てて絡ませ、互いの唇を唾液でびちゃびちゃにした。
「ぁ……っ待、って……加賀見く……っ」
微かな抵抗は無視してキスに夢中になった。
半袖から覗いた日焼けしていない二の腕を両手でぎゅっと掴んで。
「んっぷ」
ぴったり唇同士を密着させて貪るみたいに。
じゅるじゅる微熱を啜ったり。
軽く食んだり、歯列の裏も舐めたり、舌粘膜を擦らせ合ったり。
「ぷ、ぁ……っ……ン……ン」
かわいい、かわいい、渉さん、かわいい。
加賀見は猛烈に湧き上がるパコパコ欲求をキスで発散させた。
よって渉の唇を解放したのは……十分後だった。
「っ……加賀見君、こ、こんなこと……駄目だよ?」
が、満遍なく潤んだ双眸やら唇と改めて向かい合うと、ムズムズムズムズ、またすぐに火が点いて、ぶっっちゅぅぅぅう。
「んーーーっ!」
「渉さんっっ! 俺と付き合ってください!」
「はぁはぁ……ごほっ……加賀見君、よく……息が続くね」
びちゃびちゃになっていた唇を手の甲で拭い、眼鏡をカチャリと押し上げて双眸に溜まっていた涙を指先で拭い、渉は一先ず新鮮な酸素を得た。
会った翌日にキス攻めに至るようなコの加賀見を濡れた眼差しでチラ、と見上げた。
ベンチで眠る加賀見君を一目見た瞬間、高校時代、密かに片思いしていた相手に似ていると思った。
だけど彼は加賀見君みたいにここまでこどもっぽくなかった。
ろくに知らない相手とキスするような人間でもなかった。
君ってちょっと変わっているのかな?
どんなコなんだろう?
「……まずはお互いを知るため……友達から始めようね?」
「はいっっ!!!!」
童貞処女なる純潔青年の渉に力一杯頷いた加賀見なのだった。
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