48 / 84

12-いけいけおせおせ!初おさわり!

物心ついた頃から、だろうか。 視線や関心を誘うのは可愛らしく結ばれた長い髪、ふわふわ翻るスカートではなくて。 砂場ではしゃぎ回る友達だったり、いち早く声変わりを迎えた同級生だったり、その頃の自分にはなかった喉仏に惹きつけられた先生だったり。 「お疲れ様です」 私大の総務課に勤務する事務員の渉は、数年前に改築されたばかりの真新しい本棟を出、見回りしていた警備員に挨拶し、緩やかなスロープを下って職場を後にした。 アクセス便利な市街地付近に広がるキャンパス。 定時の六時に仕事を終え、これから暮れてゆく夕方の表通りをいつもの歩調で進み、徒歩二十分で我が家に帰宅。 「ふぅ」 まずはネクタイをしゅるり、ダイニングチェアの背もたれに引っ掛けて、手洗い・うがい。 上下ともシンプルな部屋着に着替える。 ワイシャツなどは洗濯カゴに、ハンガーにかけたスラックスとネクタイは壁際に干してざっと乾燥させることにして。 普段ならば一息つかずに夕食の準備にとりかかるところだが。 渉は一人掛けのソファに腰を下ろした。 真正面のテレビを点けるでもなく、しばし、ぼんやり。 『ドーナツより、渉さん、食べたい』 加賀見が初めてこの部屋に遊びにきたのはついこの間のことだ。 そういえば今日、朝にメールが来たくらいかな。 いつもなら昼、夕方、必ず届いていたけれど。 そばに置いていたトートバッグをガサゴソして携帯を取り出し、メールが来ていないとわかると肩を落としてサイドテーブルに下ろす。 片方の肘掛に体を寄せて、また、ぼんやり。 ついこの間のことが渉の頭からずっと離れない。 正確に言うならば、加賀見の感触が、掌から離れない。 ……まだはっきり覚えてる、加賀見君の、あの熱。 ……多分、セックスを知っているんだろう、慣れた腰遣い。 もぞり、今度は反対側の肘掛に渉は体を寄せた。 レースカーテンからうっすら差し込む西日。 セピア色の日の光のせいなのか、眼鏡奥の双眸から紡がれる眼差しがいやに切なげに潤んで見えた。

ともだちにシェアしよう!