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第11話

間宮がいいと言った手前、この機会を逃す理由もなく、すぐに誉さんと祐吾さんにお世話になることを伝えた。二人ともすごく喜んでくれて、まずは見学においで、と言ってくれた。なんだか面映ゆい。 間宮はいつも通りで、家にいれば抱き寄せてくるが、仕事の帰りが遅くて起きているうちに会わないこともたくさんあった。 けれど新しいスーツを一揃い用意していた。 濃灰色のチェック柄で、それほど派手ではないが、すこし気取ったデザインだ。見る者が見れば上質なものだとすぐにわかるだろう。 「よく似合ってるよ、見惚れちゃうな」 間宮はそう言って楽しそうに目を細めた。 オレは「スーツなんて七五三以来だ」と憎まれ口を叩いた。気恥ずかしかったのもあるし、落ち着かなかったのもある。 「吉成にスーツを贈る楽しみが増えたね」 そう笑った間宮に、つきり、と胸が痛んだ。 *** 誉さんの会社はオフィス街の一等地にある一際大きなビルにあった。 祐吾さんの車に部屋まで迎えに来てもらい、ビルの広いエントランスで誉さんと合流する。 「よく来てくれたね!」 誉さんは輝くような笑顔でオレと手を繋ぐと、祐吾さんと並んで歩き出した。エレベーターホールから離れるように進む二人に思わず声をかける。 「どこにいくんですか?」 エレベーターは向こうなのに。 オレの疑問に、誉さんは「ああ」と微苦笑を浮かべる。 「向こうのエレベーターを使うと乗り継ぎが必要なんだ。他のフロアの人も多いしね。ちょっと小さいけど、この奥に直通のエレベーターがあるからそっちを使ってね」 「そうなんですか、わかりました」 誉さんに手を引かれたままついて行く。 まるで子供のようだったが、慣れない場所への不安と緊張に強ばっていたオレは、優しい体温が心強かった。 奥まった先には壁と同色の扉があって、祐吾さんがピッとカードをかざすとランプがついてドアが開いた。 「カードを使って自動で動くよ。設定された階以外では降りられないから注意してね」 「はい」 三人乗り込むとそれなりに圧迫感がある。 けれど箱の中はどこもかしこもぴかぴかと輝いていて、緊張の入り交じった感嘆のため息が漏れる。 「そのスーツ、琉から?」 「あ、はい。そうです」 「やっぱりね。吉成くんによく似合ってる」 誉さんに誉められると少し照れる。 時間をかけて上昇したエレベーターが静かに停まった。先に降りた祐吾さんが開いた扉を押さえてにこりと微笑む。 「ついたよ、おいで」 誉さんに腕を引かれて一歩踏み出すと、柔らかい絨毯が履き慣れない革靴を音もなく包み込む。まるで高級ホテルのような内装だった。 「あまりはしゃぐなよ、誉」 「だって」 祐吾さんに窘められて、軽く口を尖らせる誉さん。 やはりはしゃいでいたのか。 だって彼はずっとにこにこと嬉しそうにしていた。 顔をあげると、広いフロアはいくつかのパーテーションで分かれており、たくさんの人がいた。すでに何人かはこちらに気付いていて、人の視線にぴくりと肩が震える。 「先に挨拶しとこうか?」 近くにあった個室に入ろうとしていた誉さんが身体の向きを変えると、ひとりの男性社員がすぐさま歩み寄ってくる。 「社長、副社長、その方は?」 「いつも翻訳の仕事を頼んでいた瀧くんだよ」 「ああ、あなたが…」 「はじめまして。瀧吉成です」 ぺこりと頭を下げると、隣からぽんと肩に手が乗せられる。 「吉成くんにはやっと入社の了承をもらえたんだ」 「祐吾さん、そんなこと!」 「えー?ほんとのことだよ?」 「誉さんまで…!」 気付けば、フロア中の人が手を止めてこちらを見ていた。 誉さんと片手を繋ぎ、祐吾さんには肩に手を置かれたまま、オレは「よろしくお願いします」と深く頭を下げる。 慄いているような、気恥ずかしいような、妙な心地だった。 エレベータを降りてすぐの個室は社長室だそうだ。 部屋に入ってデスクに腰を下ろした誉さんは、ふうと大きく息を吐いた。 すらりとした外見からはまだなにもわからないが、彼は祐吾さんの子を妊娠している。 「大丈夫ですか?」 「うん、平気だよ」 にこりと笑う誉さんの膝に祐吾さんがさっとブランケットをかける。言葉がなくてもわかりあっている二人の姿が眩しい。 「さて、仕事についてだけど、吉成くんはこの会社が何を扱ってるかはもうわかってるよね」 「はい」 誉さんと祐吾さんが立ち上げたこの会社は、海外との医療精密機器の輸送をメインとするベンチャー企業だ。 ベンチャーとはいえ、バイオテクノロジーを主力とする間宮ホールディングスから出資を受けて、グループ傘下にも名を連ねている。 「仕事内容はいままでとほぼ変わらないんだけど、出社してもらうようになると、やっぱりどうしてもお願いする量が増えちゃうよね」 少女めいた風貌ににこりと笑みを浮かべられて、少し顔がひきつる。 「が、がんばります」 これまで回されてきた翻訳の仕事は、輸出入関連の資料だったり、試薬や生体検査の報告書だったり。 専門用語が多くて苦労したが、それ以上に部外者が見ていいのかと首を捻ることも多かった。 オレが間宮に囚われている以上、裏切るようなことはないと信用してもらっていたのだろうけど。 「琉ともきちんと話をするんだよ?」 「はい」 頷いたけれど、何をどう説明するべきなのか、オレにはよくわからなかった。

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