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第12話
「瀧くん、おはよう」
「おはようございます」
「それ新しいスーツ?いつもおしゃれだなあ」
「いや、その、あはは」
誉さんの会社に出社して、さっそく声をかけてくれたのは、初日にまず挨拶をした男性社員だ。彼はオレの上司となった。
「ほんとだ、瀧くんいつもスーツ違うよね」
次に声をかけてきたのは隣のブースの女性社員。
「もしかしてプレゼント?」
「いや、あの、まあ…」
「えー!すごーい!!」
女性は鋭くて困る。
初日に間宮からもらったスーツを着て会社に行ったことを話したら、当然という体で頷いた男に次から次へとスーツを与えられた。
仕事用にするには少々質が良すぎるそれを際限なく与えられて、困惑する。
採寸もなにもしていないのに、サイズはもちろんぴったりだ。丈どころか、首回りも手首回りも。
こんなに要らない、もう十分だと伝えれば、「オレの役目を奪う気?」とすこし怒った顔でつめ寄られた。それで結局いつもの流れで押し倒されて、翻弄されて。
最後は諦めた。服に罪はない。
中途の新入社員が毎日違うスーツを着ているなんて非常識だけは、どうにも誤魔化せないけれど。
与えられたデスクでもにょもにょと口を尖らせていると、コーヒー片手に爽やかな長身男前が現れた。祐吾さんだ。
「どう?吉成くん、仕事慣れてきた?」
「まだわからないことばかりですけど、教えてもらってがんばってます」
上司の男性社員や先輩の女性社員を見回しながら答えると、笑みを深めた祐吾さんはオレの頭をぽんぽんと撫でてくる。
「副社長、瀧くんのこと弟みたいに可愛がってますね」
「実際かわいいからね」
女性社員に笑って答える祐吾さんに頬がかあっと赤くなる。
照れを必死でおさめて撫でられて乱れた髪を整えていると、祐吾さんがついと眉を寄せて、オレの耳元の髪を直してくれた。
「ありがとうございます…?」
「吉成くん、毛並みいいね」
「…弟扱いはいいですけど、ペット扱いはさすがに怒りますよ」
憮然とした口調で告げると、祐吾さんは「ははっ」と声をあげて笑って立ち去った。
「本当に仲がいいね。副社長は誰に対してもあたりがいいけど、あんなに気を許してるのは、社長以外だと瀧くんだけだな」
男性社員が驚いたように言う。
そうかもしれない。
間宮のリードに繋がれたオレは、出社する日は必ず祐吾さんの車に乗せてもらっている。もちろん誉さんが一緒になることも多いのだが、オレにとっても兄のような存在だ。
ふと、デスクに置かれていたスマホがメッセージアプリの通知で震えた。送信者は先程立ち去ったばかりの祐吾さんだ。
なんだろう?と指を滑らせて、一気に首まで熱くなった。さっきの照れとは比較にならない羞恥。
『耳の後ろに痕ついてる。気をつけて』
それは端的なキスマークの指摘だった。
くそ、間宮め…!
***
「ねえ、新しく入ったあの子、どう思う?」
「どうって、バース的に?」
「え、βだろ?」
「そうかな、αじゃない?なんか近くに寄るとぴりぴりするんだよ。あんまり力の強くないαだったらあんな感じじゃないか?」
「そうか?βやαにしては色気あるぜ?」
「ええ、じゃあΩ?」
「私、あの子のうなじにキスマークついてたの見たよ」
「ならやっぱりΩか」
「でもネックガードつけてないじゃん」
「βでもありだな!全然いける!」
「おまえはどう思う?Ωから見た印象は?」
会話の中で、一人がネックガードをつけたきれいな顔立ちの青年に話を振る。
彼は新しい社員の顔を頭に思い浮かべると、眉を寄せて渋い顔をした。
「――最悪。」
「同族嫌悪か?じゃあやっぱりΩ?」
「でも副社長と同じβじゃなかったっけ?」
「そうだったっけ?」
***
最近、家で一緒にいると間宮がくっついてきたがる。
以前のように「おいで」と支配欲を込めて腕を伸ばしてくるのではなく、なんだか猫がすり寄ってくるように気がつくと隣にいる。
「間宮?どうした?」
「…別に」
言いながら、並んで座ったソファーの上で、無理矢理オレを膝の上にのせようとする。
「ちょっと、待て待て待て!」
手の中から読みかけの資料が散らばって思わず声をあげる。
間宮はちらりと視線をやると、何事もなかったかのように背後からオレを抱き締めてきた。
「家にいるときに仕事しなくていいでしょ」
「そうだけど、読んでおきたかったんだよ」
オレも諦めて間宮に体重を預ける。
間宮の香りも、体温も、慣れきってしまって抵抗する気も起きない。二つが一つに融け合ってしまうような、なんともいえない酩酊感。
ところが、ぺろりとうなじを舐められて、オレは跳び跳ねるようにして間宮から離れた。
「おまえ!こら!」
「なんで逃げるの」
「当たり前だよ、こないだキスマークつけただろ!?」
「…誰かに見せたの?」
間宮の声が急に冷えて肩がびくりとする。
「吉成?」
「み、せたっていうか、気づかれたんだよ、祐吾さんに」
「へえ、祐吾さんね」
間宮はゆらりと立ち上がると、オレの眼前に立った。そして両腕を広げて微笑む。
「おいで、吉成」
「っ」
ひくりと喉が鳴る。こうなってしまうともう逆らえない。
「あ、あんまり深くまで、するなよ。こないだだって、オレ…」
「うん。吉成ずっと泣いてて、かわいかったなあ」
手を取られて、引かれる。
間宮の胸の中に抱き込まれる。
同じ体温なのに、もうあの甘さはどこにもなかった。
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