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第14話
間宮は数名の取り巻きを連れて、正面口からメインエレベーターを使って堂々とやってきた。
大きなエネルギーの塊のような、力のあるαの存在感が離れたところからでもわかる。周囲に緊張が滲むのを肌で感じてオレ自身も息を飲んだ。
けれど、あれは覚えのある気配だ。
間宮がフロアに姿を見せた瞬間、冗談じゃなく空気が変わった。呼吸が浅くなるほどにぴしりと冷たく張りつめる。直系の御曹司でビジネス誌に顔出しでインタビューを受けることもある彼の来訪に、どこか浮足立っていた者たちも顔を青くさせた。
くるりと周囲を巡った視線がぴたりとオレに向けられ、その鋭い視線にどきりとする。――それは緊張か、あるいは、歓喜か。
「ずいぶんなご来訪だね、琉」
「誉」
誉さんが少し離れたところから言う。上位のαの圧に当てられてますます顔色が悪い。
「そんな状態では害にしかならないよ、こっちにきて」
間宮は取り巻きたちにここで待つよう声をかけると誉さんの後を続く――前に、一歩振り返った。
すっと伸ばされた左腕。
その上向いた指先がくっと軽く上がる。
「おいで」
瞬間、意識が間宮だけに向けられて、周囲の音が聞こえなくなる。
反射的に足が動いて間宮の側に駆け寄った。
見上げると間宮もオレを見下ろしていて、ぱちりと視線がぶつかる。瞬きひとつ。よくできました、と誉められた気がして、わずかに気分が浮上する。
―――まるでよく躾られた犬のように。
「ねえ、こういうのやめてもらえる?」
「子会社の視察に訪れて何が悪い?誉もわかってたから本社に確認を入れたんだろう?」
「だからって…」
言い合う二人も社長室に入ると張りつめていた空気がすこし和らぐ。
後から聞いた話だが、間宮の姿が見えなくなった途端、やはりフロアでも大きな溜め息が漏れて緊張が弛緩したんだとか。
間宮は両腕でオレの腰を抱いてソファーに座り、うなじに鼻を寄せてすんすん嗅いでくる。
「やめろよ」
「やだ、少しだけ」
腕のひとつが持ち上がり、顎を押さえて固定される。高い鼻梁をますます擦り寄せられて、くすぐったくてつい笑ってしまう。間宮の香りに包まれて不思議とほっと呼吸が楽になったような気がした。
「…愛娘が変態にいたずらされてる気分…」
「祐吾、だめ」
眉を寄せる祐吾さんを誉さんが窘める。
「αのグルーミングを邪魔すると面倒なんだから」
…聞こえてますよ、誉さん。これグルーミングなの?
「吉成くんの安定のためにうちの会社に誘ったのに、今度は琉が不安定になるなんてね」
ひとしきりオレにじゃれついて落ち着きを取り戻した間宮が、溜息まじりの誉さんの言葉にフンと鼻を鳴らす。
「この会社、Ωもαもβもいるのか」
「そもそも世の中にはその3つの性種しかないからな」
祐吾さんが呆れたように口を挟むが、間宮はそれを無視して続けた。
「吉成はな、外から帰ってくるといろんな匂いがつけられているんだ。『かわいいな、気になるな』ってαやβのにおいだったり、『気にいらない』ってΩのにおいだったり。オレはそれに気づく度に腹が立って仕方がない。吉成がかわいいのは世の常識としても、αやβやΩの目に触れるのはやっぱり我慢ならない」
「だから世の中の人間は…」
憤懣と言い募る間宮に祐吾さんは頭を抱えて、結局口を噤んだ。
「『外に出ると?』」
誉さんが疑問を向ける。
「外に出ると吉成くんが他に目をつけられるから嫌なの?だから外に出したくない?それで閉じ込めていた?」
間宮はばつの悪そうな顔でこちらを見る。
「……だって、ちょっと外に出るだけで知らないにおいがしてる。心配になるし、嫉妬で我を忘れそうになることもあるし――だったら、部屋にいてもらった方が、結果的に吉成は安全だろう?」
オレはぽかんと間宮を見上げてしまった。
「え、ちょっとコンビニ行っただけでも怒ってたのは、それが理由……?」
「そうだよ。必ず人をつけてるのに、いつも吉成からは他のにおいがしてる。それでまた何かあったら、オレは」
「いや、オレ、襲われたのお前にしかないよ」
「…………」
「えっと、なんかごめん…?」
黙ってしまった間宮からそっと顔を逸らす。
―――でも、そっか。なんだそっか。
オレを管理したくて閉じ込めているのかと思っていたけど、どうもそうじゃなかったようだ。
現金なもので、間宮の考えを知れば、あれだけ悲しいと思っていたこともどうでも良くなってしまう。
「上等なα様ってのも難儀なものだな」
「言っておくけど祐吾さん、あんたも吉成に匂いつけてる一人だからな?『かわいいな〜』って思ってたの知ってるんだぞ」
「実際かわいいと思ってるしな。それ、誉は?」
「誉はもっと最悪!会った日はすぐわかる!誉の甘ったるいフェロモンが吉成に絡みついてて、すっごいムカつく!」
不愉快そうな顔で誉さんを睨む間宮に、兄貴分二人は揃って溜息をついた。
オレは思わず両手で顔を覆う。
隣にいる間宮はこちらの変化にすぐに気付いた。
「あれ、吉成なんかどきどきしてる?熱い?」
「うん…ちょっと、いろいろいきなりで驚いた」
「そっか?」
きょとんと首を傾げる色男をちらと見上げると、うれしそうに笑み返してくる。
…どうしよう、間宮がかわいい。
「あーもう面倒くさいな、お前ら。さっさと結婚しちゃえば?」
「え、結婚!?」
「結婚!!」
「あーいいかもね、それ」
投げやりな祐吾さんの言葉にオレは飛び上がって、間宮は目を輝かせ、誉さんは落ち着いた声で同意した。
「琉はさ、とにかく吉成くんが好きすぎて心配なんでしょ。結婚して籍いれちゃえば、とりあえずは安心できるんじゃない?」
「誉さん!」
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