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第17話
「まいった、やられた」
祐吾さんはそう顔を手で覆って天を仰ぐ。
オレは後ろ手に扉を締めて、そろりとソファーに腰を落とした。
「何かありました…?」
ちらりと誉さんに視線で覗う。彼はにこりと苦笑を深めて「今日は琉に送ってもらったんだよね」と言った。
「すごいね、それ」
とんとんと自分の首筋を示されて、オレはそっと手で隠す。顔から手を外した祐吾さんは苦虫を口に入れたような顔をしていた。
「これだぞ、もうありえねえだろ。オレ知らねぇぞ」
祐吾さんは「はあ」と大きくため息をつくと、一度誉さんを気遣わしそうに見遣って、そして重く口を開いた。
「昨日、間宮の御曹司がここに来ただろ?それをきっかけに変な噂が流れてさ…」
「噂?」
「そう。オレも朝から変だなと思ったんだよ」
どうせ今日はオレは出社できないだろうと、誉さんと祐吾さんは二人で出勤したらしい。
そして祐吾さんは先に来ていた社員から『おめでとうございます』と声をかけられ、首を傾げた。
『なんでオレ?吉成くんに言ってよ』
『きゃあ、やっぱりそうなんですね!おめでとうございます!』
急に賑やかになる周囲に、あれ、もしかして何か失敗した?と思った途端、隣にいた誉さんにも祝福の言葉がかけられる。
『社長も婚約者様との復縁、おめでとうございます!』
『――…は?』
その瞬間、強いブリザードが吹き荒れ、祐吾さんは慌てて誉さんを社長室に押し込んだそうだが。
「え、つまり、間宮は誉さんとよりを戻していて、オレは祐吾さんと付き合っていると…?」
「そう。しかも誉の腹の子もあいつが父親だと思われている」
「え…っ!?」
潰れた声を上げて誉さんを見る。
誉さんは「嫌になっちゃうよねえ」と苦笑した。
「ぼくが琉の子なんて産むものか」
昨日の状況を知る複数のαが噂を否定しているそうだが、そもそも他フロアの人間は直接見ていないので勘違いもする。Ωとβはたとえ直接見ていても、理解が及ばなければわかりやすい噂に流される。
昨日、間宮がやって来たのは誉さんに会うためで、あの威圧のフェロモンは番のΩを守るために発されたと思われているらしい。
間宮とオレの事情に二人を巻き込んでしまったようで悲しくなった。
「なんかごめんなさい。オレのせいで…」
「吉成くんのせいじゃないから気にしないで」
「それに噂の出処はどうもうちの社員のようだ」
祐吾さんが苦く言う。
オレの脳裏に先程トイレですれ違ったきれいなΩの顔が過った。
「おもしろおかしく話したことが何も知らない人には本当だと思われたのかもね」
頬杖をついた誉さんが冷たく言った。
こういう顔をする誉さんは本当に美しい。
何でも見通しているような厳しい横顔。膝を折ってどんな命令を聞きたくなってしまうような――Ωの色香に満ちている。
「それより問題は琉だよ。昨日やっと手綱を握り直せたかと思ったけど、また荒れるのは時間の問題だね。間宮の家の者は事情を知っているから大丈夫だろうけど、厄介なのは外野かな。困っちゃうね」
誉さんの声にも真剣味が増す。
αの隣にはΩ。結局、それがマジョリティだ。
***
「おい、もうやめとけって」
「そうだよ、変な噂もほどほどにしておきなよ」
「噂?なにそれ、全部事実でしょ?」
「おい……!!」
Ωの彼はαの同僚に懇願されてもどこ吹く風で。
「勘弁してくれ、見ただろ?間宮の直系は社長じゃなくてあのβにご執心なんだよ。なのに、もしあんな噂が耳に入ったら……」
「あの子、βのくせになんか妙だなと思ったら、αに囲われてΩみたいなことしてたんだね」
「わかってるならやめろって!バレたらどうなるかわかんねえぞ!」
「あーやだな、αはすぐ序列に縛られるんだから」
くるりと丸い瞳を彼らの一人に向けて「ふう」と悩ましくため息をつく。
「あなた達がいましていることと一緒だよ。βはβの領分を超えないでほしいだけ。Ωはみんなαと番いたいと思ってるんだよ、貴重なαをβに取られて黙っていられる?」
とろりとΩの蜜を含ませ告げられた言葉は、なるほど、Ω視点で考えれば納得ができる。けれどその場にいるαたちは、あの自分たちより力の強いαの様子を思い返してふるりと背を震わせた。
「それならそれでいいけどさ、でも別に、あの二人に関わらなくてもいいんじゃない?」
「そ、そうだ、なんなら他に誰か紹介するから…」
「ねえ、なんか勘違いしてるみたいだけど」
彼は言った。
「別にオレが噂を流したんじゃないんだよ。そういう可能性もあるよねって話を否定しなかっただけ。でも、これだけ大きく噂になるんなら、みんなやっぱり同じことを思ってるんじゃない?」
―――βでは、αの相手にならない。
αの隣に立つのはΩであるのが自然だ。
「オレだけじゃない。Ωもβも、他のαだって否定してないじゃない」
薄い唇をちろりと舐めて微笑む様はひどく妖艶だった。細い首に不似合いな革のベルトが急に存在感を放つ。
「大体、αがΩをどうするっていうのさ。オレらにしたらご褒美だよ――それ」
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