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第19話

男女の性別の他に三つの性種がある。 能力に長け、容姿に優れ、何をさせても秀でており、その多くが支配層にあるα。数ヶ月毎にヒートと呼ばれる発情期があり、男女問わず妊娠出産が可能なΩ。 そして、一番総数が多いβ。ピンからキリまでのその中間に属する圧倒的多数の一般層だ。 αとΩは特有のフェロモンを発し、番契約を成すことができる。特別な結びつきは彼らにとって最上の愛情表現だ。だが、過去には発情期の誘引力によって望まぬ番契約を結んでしまう悲劇もあった。そのため現在では薬を使ってヒートやフェロモンをコントロールすることが当たり前になっている。 αとΩは希少な存在だ。誰もが特別に思っている。 βとは住む世界が違う。 ―――はずなのに。 「ふふ、かわいいね吉成」 猫なで声の間宮が後ろからのしかかってくる。 どろりとしたαの独占欲。そんなものを押し隠して、こいつはまだ甘い声でオレを懐柔しようとしている。 夜中にふと目が覚めて、水でも飲もうと明かりの落ちたリビングに出たところだった。 ちょうど風呂から上がったらしい間宮と鉢合わせて、「おつかれ」と声をかけて。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら、暗がりで妙に光って見えた男の瞳をつい振り返ってしまった。 「ね、オレにもちょうだい」 うれしそうにうっとりと歪んだ瞳。 やばい、と思ったときにはもう遅い。 腕を引き寄せられて、はむと唇を重ねられる。 「ん、んんっ」 離せ、と手に持ったボトルをぐいぐい押しつけるがお構いなしにどんどん深くなる口づけ。頭の後ろを大きな手で支えられて、ごとりと鈍い音を立ててボトルが床に落ちる頃には、オレは息を弾ませてぼんやりとしていた。舌先がわずかに痺れている。 「あ、ちょっと……っ」 するりと背を降り、腰を撫でる掌が部屋着のスウェットの中に潜り込み、無遠慮に尻を撫でる。 それからすぐに。 「ん、あっ、あっ!間宮……!!」 ダイニングテーブルに左手をついて後ろから右肘のあたりを掴まれる不安定な体勢で、腹に間宮の凶暴な熱を受け入れている。 「うあ、あ、あっ!」 「あーきもちいい。吉成もいい?中、うねってる」 強引なくせに、ゆるゆると前後に揺するだけの緩慢な動き。 規則性のあるゆるい動きにとろけそうになる。気持ちいい。気持ちいいが、αの雄が甘やかすだけの刺激なんて決定打に欠ける。たまらなくて腰を後ろに押しつけてねだってしまう。 「も、んん、間宮…!」 「はは、かーわい。琉くんって呼んでほしいなあ?」 わざとらしく甘えた声でそう言って、前に回った指が尖った胸の先を挫いた。びくと腰が跳ねてまた少し膝が左右に開いてしまう。 「ん、んっ、は、あ……っ」 暗い部屋にひそむ乱れた呼吸音と繰り返される湿った音。意識してしまえば、かあっと体温が上がる。 「いい匂いがする」 ずしりと背中に体重を乗せて、男が首筋に鼻を寄せた。ついでとばかりにぺろりと舐められて。 「オレは、フェロモンなんて、出てない…っ」 「んー?吉成のフェロモンわかるよ」 「ひ……っ」 戯れにぺろぺろ舌を這わせていたかと思えば、急にかじりと歯を立てられる。 強い力ではなかったのに、その瞬間オレはぎゅっと後ろを締めつけてしまう。間宮が吐息だけで笑った。 「あーたまんない。本当に噛んであげようか?」 「ばか、β噛んでも意味ないだろ…っ」 すっかりテーブルに伏せた体勢からどうにか後ろを振り返って。 「おまえが噛むならこっちだよ」 そう言って、喉仏を晒して見せる。 途端、息を飲んだ間宮が腹の奥でもどくんと大きくなる。え?と戸惑うオレの耳に「ははっ」とはしゃぐ声が届く。 「吉成から誘ってくれるなんて、最っ高!」 明るく笑っているのに、その瞳はぎらぎらと凶暴に光っている。するりと喉元を撫でられて、その後はいっそうねっとりとしつこく攻められて。 αの暴虐を知っている身としては不穏なほどの優しさ。それでなくてもびりびりと肌が粟立つくらい凶悪な何かを感じているというのに。 「は、あ、あう、んっ!」 「はあっ、こういうのもいいよね。吉成好きでしょう?」 やわやわと肌を辿られて、その体温で包み込むように抱き締めながらゆっくりと深く揺すられる。がくがく膝が震えた。 「ふざ、けんな……っ」 腕の中で甘やかされる心地よさはすでに過去に覚えさせられたものだ。 だが、それがすべてだと疑いもなく思っていたオレは最後には完膚なきまでに叩きのめされた。 オレはもう知っている、この男は所詮αなのだ。 「αの、くせに…!」 背後にいる間宮に向けて腕を伸ばして、とん、と触れたのは頬だった。 「なに我慢して、ばかじゃないの、あ……っ!?」 一瞬動きを止めた男は、オレの胸と腰に腕を回すとぎゅうとしがみつくように強く抱き締めてきた。 「…αを煽るなんて、吉成は本当いい度胸してるよね」 ぽつりと零された低い囁き。 そのまま勢いよく状態を引き起こされ、立位に変わると同時に、首と肩の狭間のやわらかい部分にきつく犬歯を立てられた。 「ぐ……っ!!」 唐突に最奥を暴かれる衝撃と、肩口への強い痛み。 呼吸を止めて全身が硬直して、その反動か、ぱたたっと足元に白濁が零れ落ちた。 「あは、噛まれてイっちゃった?」 「あ、あぁ、あ、ああ……ッ!!」 血の滲む傷を舐められ、達したばかりの前を撫で上げられて、さらにぐっと奥まで再び突き上げられて。途端にわけがわからなくなって目が回る。 「うあぁ、あ、あッ!!」 喉を突くのは悲鳴にも似た意味をなさない叫び。 けれど、その暴力的な快感にαとしての間宮を感じている。喜びとして。 「もっと愛し合おうね、吉成」 「あ、ああ、あ!!」 間宮の肌の熱さに喘ぐ。 興奮して一気に身体中から汗が吹き出た。フェロモンなんて欠片もわからないのに、αの情動に煽られている。その獣性に背筋を震わせている。喜びとして。 「は、琉……!」 その瞬間、オレは笑っていた。 βのくせに、Ωでもないくせに、オレはどこまでも浅ましく強く間宮を求めている。

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