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第20話

αとΩが特別だなんて誰が言い出したのだろう。 つまりは劣勢遺伝じゃないか。…ああ違う、潜性か。 αは尊び、Ωは奢り、βは蔑むなんて本末転倒。なぜならこの世は彼らが中心だから。 オレたちは自分にいいように動いているようで、結局は彼らに動かされているに過ぎない。 「なんかおもしろいことになってるんだって?誉」 電話口で年上の従兄が何やら騒いでいる。 半分以上はオレに対する暴言で「はは」と声に出して笑う。 「あんまり興奮すると旦那に叱られるぞ?」 そう言い返せば、誰のせいでとかなんとか続く。 こんな風に誉が文句を言うのも、オレが軽口を返すのも、互いが大切な相手をしっかりと繋がっているからこそできることで。 「落ち着けよ、おにいちゃん。それより本当に社内の人員バランスを考えた方がいい。最後に頼るのは誰か、もっとよく考えるべきだ」 一時の成果は大事だが、継続する方がもっと重要だ。 通話を終えたら、煙草を取り出し火をつける。 昔も今も吉成の前では絶対に吸わないそれ。だって微かなあの子の味も香りも損なってしまうから。 『吉成のフェロモンわかるよ』 昨夜、吉成に告げた言葉は事実だ。 いつの頃からか彼の匂いが身近にあることに気付いていた。いや、もしかしたらはじめからわかっていたのかもしれない。出会ったときから吉成は特別だったから。 ふう、と煙を吐き出す吐息に別の感情が交じる。 ―――ああ、昨日も吉成は特別に可愛かった。 オレはあのかわいい生物を一体どうしてやったらいいんだろう。捕まえて囲ってみても、情動をぶつけてみても、やさしく甘やかしてみても、どうにもまだ物足りない。絶対的に何かが足りない。 Ω相手にするように、噛んで己のものにできたらどれだけ楽か。 フェロモンなんて所詮は遺伝子のサインに過ぎない。αとΩは感知能力の高さゆえに、ただそれを目印にしているだけ。 でも、それならやはり吉成は――…。 うねうねと入り組む路地裏の奥。 猥雑な香りに息がつまる。目星をつけていた界隈は、様々な方法でαを誘うΩが集まる場所。 以前は似たような場所によく出入りしていたが、今日はあの頃とはまったく違う目的でやって来ている。 なぜこうも邪魔ばかりされるのだろうか、腹立たしい。 「あ!」 数多のΩの煩わしい視線をすり抜けながら目的の店に向かう途中で、不意に横から声が上がった。 足を止めて振り返れば、あからさまなネックガードをつけたΩが一人。 「やっぱり!こんなところまで来るなんて、そりゃβなんかじゃ満足できないよね」 「へえ。オレが誰で何しに来たのかわかってるみたいな言い方」 足早に近づくや、するりと腕を絡め取られる。 訳知り顔で「もちろん」と頷くΩのフェロモンには覚えがあった。 どうしても我慢できず吉成の様子を見に誉の会社に乗り込んだときにこの匂いもあったはず。 なんせここ最近ずっと吉成にまとわりついていた不快な匂いのひとつだ。 さっそく当たりを引いたことに、にこりと口角を上げる。 「こんな極上のα忘れるわけないよ!オレ、もうそろそろヒートなんだけど、どう?β相手じゃできないことしていいよ?ね?」 「ふふ。Ωはみんなそう言うね」 ちりちりと肌を刺激する発情フェロモンが忌々しい。 媚びる瞳を下卑た視線で見下ろして、けれどそんなΩを利用するのもαなわけで、どっちもどっち。結局は同じ穴の狢。もちろんオレだって。 「あ、そうだ」 わざとらしく明るく声を上げる。 「つらいならヒートなくす薬あげようか?まだ未承認なんだけど」 しなだれかかってくる相手を押して距離を取る。 煙草はそのままに意識して煙で壁を作る。 「えっ?薬…?いや、それは大丈夫」 「なんで?ヒート止めるだけだから生殖機能に影響ないよ?大丈夫、Ωなら子供うめるよ」 「へ、平気。それよりヒートのときだけ相手になってくれたら、それで」 「なんで?Ωはみんなそう言うなあ」 ちりちりちりちり。 ああ、肌を撫でるフェロモンがうざったい。こんなもの消え失せてしまえばいいのに。 大きく息を吐き、視線を合わせると同時に、威圧のフェロモンを放つ。 「っ!!?」 一気に顔を青くさせたΩは、がくっと膝をついてぶるぶる震えだした。 「あれ?大丈夫?」 威圧とはいえ、間近でαのフェロモンを浴びて、誤作動で強制的にヒートに入ってしまったのだろうか。目を潤ませて息を弾ませて、瞳は怯えているのに、頬は淡く色づいている。 「はあ、は、助け……っ!」 「ヒートきちゃった?こんなところで困ったねえ、誰か呼ぼうか?αがいい?βがいい?どれも嫌なら、はやく抑制剤使ったほうがいいよ。…まあ、もう効くかどうかわからないけど」 地面に膝をついて蹲るΩと、その眼前で悠然と佇むα。 周囲にはそれなりの数の人間が行き交っているのに、誰もこちらを気にかけない。 いや、おもしろがるような視線は流れてくる。αとΩの特殊なプレイか、余興だと思われているのだろう、ここはそういった場所だ。 Ωの彼と同じ目線までしゃがみこんで。 「Ωにとってはご褒美、だっけ?αのこと棒とか竿とでも思ってンでしょ?穴のくせに生意気だね。ね、いいこと教えてあげようか?」 縋るような視線ににこりと笑みを返す。 ついでに威圧のフェロモンにも色をつけてやって。 「揃いも揃ってβのことばかにしてるけど、こうやって楽しく暮らせるのもβのおかげだよ?Ωにも人権をーって数の力で法案通してもらったでしょ?βいないと社会が成り立たないから、本当はαだって頭上がんないんだよ」 「あ、ああ、あ……!」 「なぁんて、もう聞こえてないか」 くすくす笑って立ち上がる。 「だーめだよ、Ωだからって自惚れちゃあ」 こんなときαは便利だなと思う。いくらでもΩを誘惑できてしまうのだから。 さてどうしよう。このままどこかのαに預けるのもいいけれど、美味しい思いをさせるのも癪だ。このまま放置して世間の厳しさを身をもって味わってもらおうか。 「ま、待って……!!」 ヒート状態のΩを放置したまま踵を返す。 それなりに顔はいいからきっとすぐに相手が見つかるだろう。現にフェロモンに引き寄せられて危うい気配が集まっている。 「だ、大丈夫ですか!?」 それらを蹴散らすように慌てて割って入ってくる者がいた。 「ああっ、ヒートですね!このままじゃ…!!」 蹲るΩに心配そうに駆け寄りながら、媚びるようにこちらを見上げる透き通る瞳。ぶわりと広がる花のような薫り。 弾けるように広がる濃密なフェロモンに脳がくらりと揺れる。 ―――こいつもΩか。次から次へと。 それはヒートを起こしたΩよりも強い香りのフェロモンで、横から他のαを掠め取ってやろうとするΩの醜悪さをいやというほど感じる。 ほら、Ωなんてこんなもの。 「でしゃばってくんなって。くそっ」 所詮αもΩも同じ穴の狢。オレは強く顔を顰めた。

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