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第21話

「調子はどうですか、吉成さん」 昨日はあの後、寝室へと場所を移して久々に間宮に無茶をされた。 また間宮の本家から訪問医の手配をされてしまい、オレはベッドの上で苦笑いを浮かべる。 心遣いは大変ありがたいのだが、気恥ずかしいことに変わりはない。前科がある分だけ余計に。 「大丈夫です、ちょっと動けないだけで」 「動けないというのは大丈夫とは言えませんね」 明るく笑われながら軽く問診を受ける。 「でも、以前より顔色が明るいですね」 「そうですか?」 「ええ」と頷かれる。 「思い詰めているようでしたので心配していましたが、ほっとしました。琉さんも落ち着いたようですね」 穏やかな声に「あれで?」と眉を上げてしまい、声を上げて笑われる。 「あれで、そうなんですよ。おっと失礼」 着信があり、医師はオレに断ってから電話を受けた。 窓の向こうは夕焼けが広がっている。昼過ぎに目覚めて、それから夕方前に医師がやってきたから――。 「えっ!琉さんが、Ωに…!?」 緊迫感に満ちた声に、どきっと強く心臓が跳ねた。 医師はオレに小さく頭を下げると、そのまま廊下へ出て行ってしまう。 間宮がΩに――何?何があった? *** 訪問医が慌ただしく帰っていき、オレは主のいない部屋でぽつんと一人きり。 どういうことだ?何があった? ぐるぐる嫌な予感に胸が締めつけられる。 脳裏を過るのは、過去の転校生のヒート事件や誉さんとの情事の光景。βなんてお呼びじゃないと思い知らされた苦い記憶。 そら見たことか、と過去の自分が自嘲する。 このままではいたくなくて、医師は『無理はしないように』と言ってくれたが、重い身体を引きずってベッドを下りる。ずきんと痛みが走る下腹部。 先程まで心地よかった全身の倦怠感も途端に不快になって顔を歪める。 キッチンまでよたよた向かい、でも結局、水を少し飲んだだけで。 「なんで」 シンクに手をついて項垂れて、ぽろりと大粒の涙が落ちる。 あんな風にオレを喜ばせていてこれか。 ずっと覚悟していたのに今更。間宮はなんて残酷なのか。 いつもそうだ。自身のα性をちらつかせながら甘い言葉を囁いて。βだけどいいのかな、なんて思ったら最後。やっぱりΩに寝返る。 どうせβはΩに勝てやしないのだ。最後はΩを選ぶってわかっていたのに。 「αの言うことなんて信じないって決めてたのに」 ぽろぽろ雫が落ちる。でも。 「今度こそ、信じられるかと思ったのに…」 ペットだって扱いきれなくなったらいつか捨てられる。そういうことなのだろう。 キッチンからベッドへ、またずるずると戻ったオレは頭まで布団をかぶって、ずび、と鼻をすする。子供のように丸くなって枕に顔を押しつける。 ふわりと立ち上るさわやかな間宮の残り香にまたじわりと涙がこみ上げた。 ―――間宮。あんたにとって、オレは一体なに? どうすればよかったのだろう。 Ωがするように間宮にすべて明け渡してしまえばよかった?でもオレはすでに一度失敗している。βではαを惹きつけ続けることなんてできなかった。 それに間宮はαなのだから、オレをずっと閉じ込めておくだなんて容易だろうに、それをしない。やめてしまった。…学生のときヒートテロを起こした転校生は、会長と不仲になっても番相手としていまだ所有されているらしいのに。オレにはあと何が足りないのか。 どうせ手放すくらいなら、もういっそ永遠にしてくれれば。 ―――がちゃり。 重い音がして、どきっと心臓が跳ねた。 玄関の扉が開かれて、廊下を進む足音に息をつめる。 すたすたと軽いそれは迷いなく寝室の前まで来ると、あっさりと開いたドアの向こうからひょこりと間宮が顔を出す。 「あ、吉成、やっぱりこっちにいた」 「っ間宮…!!」 その顔を見て安堵したのか、帰ってきたことに安心したのか。のんきな声に返した言葉は意図せず叱りつけるような色を帯びてしまう。 「え、なに?怒ってる?泣いてた?どうした?どっか痛い?つらい?」 間宮は慌てた顔でそそくさと寄ってきて、オレの濡れた頬をすばやく掴まえる。 「………っ」 恨めしげに睨みあげて、でも言葉にならなくて。 「吉成?」 伺うように小首を傾げられて観念する。 「おまえ、Ωと、なんかあったってきいた」 「ああ、それ?」 間宮は渋い顔をして心底嫌そうな声を出すが、軽い調子で言う。 「ちょっとさ、気に入らないΩ煽ってヒート起こさせたら、他にもΩ出てきて最悪だったの。しかもフェロモン重いタイプでもう最低。酔って気持ち悪かったからヘルプしたの」 「おま、性懲りもなくΩ遊びか!?」 「ちがうよおお」 泣いて怒るオレを見て苦笑する間宮。 その前髪は湿っているし、態度も軽いし、信憑性も何もない。ちっとも信用できない。でも、どこか顔色が悪い感じもする。 「ほんと、あんたってわけがわからない。でもオレ、本当に心配して」 視線を落とすとぽろりとまた涙が零れ落ちる。 心配。そうかオレは心配だったのか。 それが間宮を思ってなのか、自分を思ってだったのか、もう区別がつかないけれど。 ぐすりと鼻を鳴らすオレの肩に、とん、と間宮の頭が乗せられる。 「吉成の匂い、ほんと好き」 「ふざけんな、誤魔化すなよ。フェロモンなんて出てるわけないだろ」 「…オレのこと、泣くほど心配してくれたんだ?」 少しトーンを落とした問いかけに、さらにじわりと視界が歪む。 「だからそうだって言ってる!!でも、どうせあんたはやっぱりΩを選ぶんだって、失望して…っ!」 言葉に怒気がこもり、ひぐっと情けなく呼吸が乱れる。手で雑に顔を拭った。 「オレはβだから、Ωには敵わない」 「吉成」 「αのあんたを繋ぎ止めておくこともできない…っ」 「吉成」 惨めに湿った声で叫ぶ。 「高校のときみたいに、あんたがΩのフェロモンで惑わされてもっ、オレじゃどうしようもできない!番になれないオレじゃあんたを守ることもできないんだよっ!」 「吉成っ!!」 間宮は叫ぶようにオレの名を呼んだ。 この男の大声はめずらしい。怒っていても声を荒げることはないから。指の間から濡れた目を向ける。 「なに?」 「…吉成のかわいさに悶えてる。いや、そうじゃない」 す、と視線を横にずらした間宮の頬が淡く色づいている。 「なにこれ。吉成が、オレと番になりたかったって聞こえる」 「無理だろ、オレβだし。あんた何言ってるの」 「吉成!」 泣きながら悪態をつくオレの減らず口に、焦れたように声を上げる間宮。 ふ、と気が抜けて笑ってしまった。 大きく息を吐きだし、開き直る。 「番とか、なれるものならなりたかったよ。ずっと」

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