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第22話

はじめからΩが羨ましかった。もしオレがΩだったら、はじめに間宮と交わったときにすぐ番になっていただろう。 間宮の番になって、唯一になる。 そうしたら他のΩのフェロモンから間宮を守ることもできたし、αの間宮を誘うこともできた。どんな他人にも奪われることはなかったはず。 オレがΩだったら、何の不安もなく、当然のような顔で間宮の隣にいられたはず。 βなんてどうせ恋人にも愛人にもなれやしない。せいぜいがペット止まり。それだって、もし本当に番う相手ができたら簡単に手放せる軽い存在。 ずっとそう感じていたから、身勝手な間宮が嫌だった。 オレの唯一絶対にはなってくれないくせに、なれないくせに、やっぱりオレを夢見心地にさせる間宮が憎かった。悲しくて、悔しくて、だからずっと間宮を好きなんじゃなくて、すべてはαの魅了のせいだと思い込もうとした。 「でもしょうがないじゃん。オレ、本当に間宮しか知らないんだから」 「…吉成がオレ以外を知っていたら、自分でも何をするかわからないけど…?」 間宮はぼそりと低い声で言った。 表情がまるでなく、まばたきすらせずに、じいっとオレを見下ろす薄暗い気配。 ぞわりと肌が粟立った。 きっとΩならαの威圧に慄くところなのだろうけど、βのオレではただ間宮の執着心に震えるだけ。これは歓喜だ。 「なあ」 覗き込む間宮の頬に手を当てる。 視線を逸らされないように、このどうしようもないαを逃さないために。 「あんたは、オレがΩだったらよかったって思ったこと、ある?」 それは長い間ずっと訊きたくて、でもどうしても訊けなかったことだった。 「そうだね。Ωだったらよかったな」なんて言われたら、オレは生きていける気がしない。 「…Ω?吉成が?」 間宮がぱちりと目を瞬かせて、人外じみたαから少し表情が戻る。 「どうだろう?孕めばいいのにと思ったことは数え切れないほどあるし、むしろ昨日も思ったけど、子供がほしいっていうより吉成を逃さない鎖がほしいって感じだし。Ωみたいにフェロモンでコントロールできたら楽だったのに」 「おい」 「だから、本気で吉成がΩだったらなんて、考えたこともない――な」 考え込む間宮は真剣な顔をしている。オレはじっと見つめた。 きれいな男だ。 αとしての魅力に満ちて、相応の力も持ち合わせているというのに、オレみたいなβにずっと執着しているおかしな男。 「もちろん吉成がΩだったら、逃げても嫌われてても、閉じ込めてすぐ番にしただろうけど。でも、βでもαでも、オレのものにしようとしたのは変わらないんじゃないのかな」 「そうなのか…?」 「そうだよ」 間宮は自分の言葉に大きく頷いた。 「うん、そうだよ。それよりオレは、吉成は軽蔑するかもしれないけど、自分がαでよかったと心底思う。だって吉成を捕まえておけるだけの力があるから」 そう言ってオレをぎゅうと力強く抱きしめた。 広い胸に包まれて、その言葉を反芻する。 捕まえる、か。オレがΩじゃなくても変わらず求めてくれるのか。 「……そっか」 間宮の背中をそっと抱き返す。 ずっと前から知っている慣れ親しんだ体温。 ほう、と胸に満ちるのはじんわりとした安堵と幸福感。落ちつく香り。 間宮はするりとオレのうなじを撫でると、いたずらっぽく笑った。 「じゃあさっそく発情エッチして、うなじ噛もっか」 「は?ばかじゃないの?」 すっかり調子を戻して目をきらきらさせる男を睨みあげる。そうじゃなくてもまだ腰がつらいのに。 だがそれも長く続けられず、ふっと笑み崩れてしまう。 ああもう仕方ない。これだから憎めない。 「――それで結局、今日はΩと何があったんだ?」 *** 「Ωの社員の一人がヒート休暇に入ったんだけど、そのタイミングで複数のαから退職願が出されちゃって」 「恋人とか番候補の方ですか?」 「いや、そういうんじゃないと思うけど」 有給休暇の明けた誉さんが難しい顔をしている。 その膝にはブランケットが掛けられ、テーブルにはリラックス効果のあるハーブティー。あまりのちぐはぐさと、それを用意した祐吾さんの心遣いが透けて微笑ましくなる。 番に甲斐甲斐しくなるのは、αもβも関係ないのかもしれない。それとも元々の性格か。 その祐吾さんはいまは席を外している。 「どうも今回の不名誉な噂に、そのΩ社員がいたグループが関わっているみたいなんだよね。αは判断が早いから、事が大きくなる前に手を引いたってことだと思う」 「事が大きくなる前に?」 「間宮の本家からぼくのところにも連絡があったよ。琉がまた何かやらかしたんでしょ?」 「ああ…。結局詳しいことは何も教えてくれませんでしたけど」 そう。結局あの後、間宮から事の詳細を聞くことは叶わなかった。まあそのうち話がまとまると思うから、とかなんとかよくわからないことを言って。 髪が濡れていることを指摘すれば、Ωのフェロモンを洗い流すために途中でシャワーを浴びたとも言っていた。それで誤魔化せると思っているのか、とオレはまたへそを曲げて。 思い出すと腹が立ってくる。 「αのコミュニティの中では、間宮の直系ほどの上位αが、非合理な方法を使うくらい怒っているとアピールできれば十分なんだよ」 誉さんは憮然とした顔で続ける。 「これで吉成くんやぼくのことをとやかく言う人はずいぶん減るだろうだろうね。まったく、αが動けばあっという間に解決するんだから悔しいものだよ」 元婚約者同士でよりを戻したという根も葉もない噂に手を焼いていた彼は、大層不満を抱いているようだ。 たしかに上位αの影響力には舌を巻く。 そして間宮にもその力があることに少し震える。 「でも今回のことは少し考えを改めさせられたかも。これからは祐吾主導で動くことも多くなるし、αとΩの影響はできるだけ最小限にしておかないとなあ」 前に琉から言われていたことだっていうのがちょっと、と誉さんは口を尖らせる。Ωを下げて他を上げるやり方も気に入らない、とも。 「はあ、吉成くんには感謝だね」 「え?」 あたたかいハーブティーが入ったカップをするりと撫でて、年上のΩはぽつりと告げた。 「琉はさ、たぶんΩを憎んでいるんだよ」 「誉さん?」 「祐吾もさあ、こんなぼくを労ってくれて、Ωってだけで庇ってくれるけど…」 誉さんは眉を下げてくしゃりと笑う。 「違うんだ、琉を傷つけたのはぼくなんだよ」 突然何を、とオレは目を瞬かせる。 情けなく苦笑をした誉さんは、これは祐吾にも話してないことなんだけど、と前置きをして重い口を開いた。 「過去のぼくと琉は婚約者同士で、そういう行為も当然あったんだけれど、そもそもぼくは琉より年上で」 彼は秘密を告白する。 「ぼくがはじめてヒートを迎えたとき、琉の方はすこし前に精通したばかりだったんだ」 過去の出来事を語る声はやけに冷静で、平坦だった。 「同意なんてもちろんない。婚約者だからって連れてこられた琉に発情期の相手をさせて、そんなのただのレイプでしょう?」 オレは眉を顰める。 間宮はαだから、これまでひどいこともつらいこともないと思っていた。彼は王様だから。――いいや、違う。そうじゃない。どうして誉さんは突然こんな話を? 「琉のΩに対する歪んだ認知はぼくのせいだ。でも恐ろしいことに、ぼくもつい最近まで何の罪悪感も持っていなかった。そんなの当然くらいに考えていたんだよね」 「それは、なにかきっかけが……?」 「うん、妊娠したから。ここにぼくたちの子供がいるから」 そう言って誉さんは薄い腹に手を当てる。 オレは言葉が見つからなくて唇を舐めた。とても喉が渇く。飲み込みづらい唾をどうにか嚥下して。 「この子は吉成くんみたいにβだといいなあ」

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