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第4話
彼と再会したのはたまたまだった。
「そうか、もう父親か」
「まだ照れくさいけどな」
取引先の都合でホテルで商談をした帰りに立ち寄った喫茶店に懐かしい顔を発見した。
水野は大学時代の友人で、よく遊んだ仲間の一人だった。昔は金髪が似合う焼けた肌をしていたが、今はすっかり真面目なサラリーマンといった風貌に変わっている。
「やっぱり、自分の子どもはかわいいか?」
「それ! 本当にそれだよ! 子ども嫌いだったはずなのに、汐里が生まれてから百八十度変わっちまってさ……。自分でもなんか不気味」
二人で笑い合い、まるで大学時代に戻ったかのような気分になる。そんなはずはないのに。
あの頃は楽しかった。そう思い出せば思い出すほど切なくなる。みんなで遊ぶ時は口下手な俺のフォローをしてくれて、どこへ行くにも嫌がらず一緒にいてくれた。一緒に馬鹿やって笑って、失敗もしたけど、やっぱり楽しかった……。
そばにいてあんなに心地良いと感じる人は他にいなかった。
「そういやさ、中原も一緒の会社だったよな? まだあいついるの?」
「え……ああ、まあ。部は違うけどな」
中原と聞いて、今まで気にしていなかったが下着の中の金属が気になり始める。座り直し、水野から目をそらした。まさか、中原と俺がこんなことになっているとは、誰も想像しないだろう。
「それにしてもお前、よく中原なんかと一緒にいられるな」
「……急に、何の話だ?」
「急にって。あんなことあって施設育ちじゃん。なるべく離れたくなるって、普通」
「あんなこと?」
「あれ、もしかして知らない感じ?」
水野の目がきらりと光る。
「小学校くらいの時にニュースで毎日やってた事件あっただろ。虐待系の」
「いや、知らないぞ……」
「え? 知らないのか?」
大げさに驚きながらスマホを出す。
「ちょっと待ってろよ」
スマホを操作し、過去の虐待事件をまとめたサイトを出して俺に見せてくれた。
「この上から二番目のやつ」
どうしてこんな記事ばかり集めたサイトがあるのか不思議だったが、水野が教えてくれた記事の見出しを見て、そんな疑問は吹き飛ばされてしまった。
「……これは」
記事を見て思い出した。水野が言う通り一時期、連日報道されていた。
性的虐待親父殺人事件と銘打たれたその記事は、過去のニュースと同様の内容が書かれていた。息子に性的虐待を加えた父親が、通報されたことに激情し、抵抗した息子に殺されたというものだ。当時はわからなかったが、記事を見てぞっとする。
「本当に中原が?」
見出しの「性的虐待」という文字が異様な存在感を持っている。
「疑うなら調べてみろよ。ネットでちょこっと検索すればすぐわかるから」
「……この話、やっぱりやめないか?」
「はあ。お前っていい子ちゃんだよな、本当に。でもさ、いや、自分の子どもにあんなことできねえよ普通」
水野はまるで他人事のように肩をすくめた。
いや、実際、水野には他人事だ。
もしも中原が本当に虐待を受けていたのだとしたら、俺にしていることにも意味があるのかもしれない。虐待を受けた子どもが、大人になって我が子を虐待するという話は有名だ。
似たようなことが中原に起きているのだとしたら……。
水野と別れた後、急いで書店へ向かった。今日は元々、商談が終わったら直帰の予定で幸い、中原からの呼び出しもない。
虐待に関する本を探し、関係しそうなものは片っ端からレジに持って行った。
この中に今の状況を打開できる何かがあるかもしれない。
会計を済ませ、重たい本を抱え駅へ向かう。
中原のことを理解したかった。少しでもいいから、何か情報がほしい。
改札を抜け、ちょうど来た電車に乗り込む。混んでいたが、息苦しいほどではない。あと十五分違えばもっと混んでくるはずだ。
席が空いたら買った本を読もうか少し悩む。
早く中原の行動の……答えが知りたかった。
中原は俺を嫌っていないと言った。
でも、実際、あれほどの辱めを与えておきながらぴくりとも反応したことがない。
今までの行動が虐待による後遺症なら、専門家に相談して障害となるものを取り除いてもらえるかもしれない。
そしたら、また友だちに戻れるだろうか。
「松葉」
不意に後ろから聞こえてきた声で手に持っていた本の袋を落とした。落とした衝撃で袋を留めていたテープが切れ、中身が飛び出す。
中原が本を拾い上げた。
袋の中を見て「へえ」と笑った。
「誰から聞いた?」
底冷えした声に、ぞわりと背骨の奥が震える。
どうしてと自分に問いかけてもわからない。中原の声に俺は確かに貞操帯の中が狭くなるのを感じた。
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