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第10話
リビングにはまだ空き缶が転がっていて、キッチンの吐瀉物は軽く拭いただけ。荒れている向こうの部屋ことは忘れたように、帰ってからまっすぐ寝室に向かった。
ベッドに押し倒され、着替えたばかりの服を剥ぎ取られる。中原は俺の足の間を陣取って、自然な流れで俺の性器を口に入れた。
ぎょっとして抵抗した。昨日から洗っていない。こういうことをすることさえためらわれたのに、まさか口に入れるとは思っていなかった。だが、いざ始まると、汚れやにおいの問題が些末に感じるほど丹念に中原の舌は俺を愛撫していく。
ものの数分で最初の絶頂を迎え、いつものように休憩などというものはなかった。
「や、やめ……っ。も、やめろって」
「なんで」
「っもう、出ないって言ってるだろ……」
定位置とでも言うかのように俺の足の間に居座る中原は「そういうもんか」と首をひねる。手に握られた俺の性器は力なく萎んでいて情けない。それに、中原が服を着崩さないところも俺の羞恥心を煽った。
「俺は、こういうふうにならねえからさ」
帰る道すがら聞いた話だった。
中原が勃起しないのは、好意云々ではなく、もともとそういう性質らしい。性欲は好意や興奮とは結びつかず、どちらかと言えば排泄に近いと言っていた。
だからといって口寂しい赤ん坊がおしゃぶりをねぶるような感覚で性器をなめ回されたら俺はひとたまりもない。
「んっ……あ! だめだって……」
中原がやめろと言ったそばから先を口に含む。
やめてほしくて頭を掴んだが、中原は先端を咥えながらちらりと俺を見て、容赦なく奥まで口に入れた。裏筋を舌に包まれ、先がぼこぼこした上顎に擦れるとたまらなく体が跳ねる。
「中原、ぁ……っ。つら、い……からっ」
「でも」
ズルリと口から甘く勃起してしまった性器を出し、元気のない陰嚢を手のひらで転がす。
「俺、お前のそういう顔好きだからなぁ」
いたずらっぽい笑みを見せる。
やめろと言っても無理やり迫ってくるところは前と変わらないが、中原の心の中を少しだけ見た今恐ろしく思うことはなくなっている。それどころか、この痴態も腑に落ちて今では心地いい。
とはいえ、休みもなしに三回、四回と絶頂に導かれては流石に頭痛がしてくる。
「ああ、こっちならいいか」
「うあっ」
中原がぐいっと俺の両足を持ち上げた。
とっさに抵抗したが、虚しくベッドに転がる。中原が腿を撫で、陰嚢の後ろを親指で刺激する。
「っちょっと、待て」
「なんだ。嫌なのか?」
「嫌ってわけじゃ……」
それなら構わないだろと、中原が指で後ろの皺をなぞる。ただ、今までならすぐに入れていただろう指が縁でとどまっているのは、俺の話に耳を傾けるゆとりが生まれたからだろう。
その優しさだけで何でも許したくなる。
でも……。
肘を立てて起き上がり、中原の腕を触った。
「松葉?」
「俺も中原に何かしたい」
瞬間、中原の瞳が困惑に揺らいだ。快感を得ない体だということは理解している。それでも、どうしても何かしたかった。
言ってから失敗したかと思ったが、俺が謝るより先に「いいけど」と中原は豪快にシャツを脱ぎ捨てる。服の下から現れたのはたくましいというよりは、引き締まった細い上半身だった。肩幅が広いから着太りして見えたのかもしれない。
「ほら」
中原が軽く腕を広げた。その仕草にドキッとする。
今までわざわざ触りたいとは思わなかったのに、自分の気持ちを自覚した途端、その肌に触れてみたくてたまらなくなっていた。
「……本当に触るけど、いいのか」
「いいけど」
「その、けどってなんだよ」
「触ってもいいけど、お前が思うような反応はできねえって話」
「俺の思う反応がどんなかわかるのか?」
「そりゃ……触られて勃起したり、喘いだり」
不遜な態度で言いながら、どこか自信なさげだった。
彼自身、まだ今の関係を掴みきれていないのかもしれない。そう思うと、なんとなくむず痒いような落ち着かない気持ちになる。そして、それが何とも比べようがないほどに心地いい。
「俺はただ、中原に触りたいだけなんだから、そんなことどうでもいいんだよ」
「……あっそ」
中原が横を向く。その顔が照れているとわかってうなじがそわりとした。
ベッドに向かい合わせで座り手のひらを中原の左胸に当てた。
「どきどきしてる」
「お前の手、汗っぽい」
「うるさいぞ」
触りたいと思うほど誰かを求めたことがない。手だって汗ばむというものだ。
中原は少しだけ笑った。
「……もう二度と、お前とはこんなふうに話せないと思ってた。自業自得だけど」
「俺も同じだ」
背を向けて中原の膝に乗り、体をくっつけた。
肌を通して感じる体温が心地いい。
「もう満足したのか?」
「……後は、追々考える」
「へえ」
中原の手が俺の腹や胸をしつこく触り始める。
「なら、次は俺が触っていいんだよな?」
「立たないくせに触りたがるんだな」
怒るだろうか。いや、きっと怒らない。元々、俺たちはこうだった。明け透けで、無二の親友だった。
そばにいるだけで何でもわかり合っているつもりになっていた。
今はそこからひとつ先へ進んだ。まだ不確かな形。覚束ないから手探りで、それでも必死になって手繰り寄せる甘やかな糸……。
中原は俺の肩に歯を立てた。
「好きだから触りたいんだ」
腹を撫で回していた中原の手が、いくらか回復した俺の性器をゆるりと握る。
肩に熱い呼気がかかる。
「松葉……」
名前で呼んでほしい。
次、松葉と呼ばれたら中原の名前を呼んでやろう。先に呼んだら、また俺のことも名前で呼んでくれるだろうか。
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