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第3話 出逢い ~賢一side~

***  1月に行われるライブの打ち合わせが結構長引き、終了したのは午後10時半をとうに過ぎていた。  ライブハウス前でまさやんと別れ、とぼとぼ大通りをひとりきりで歩く。  街を彩るような、イルミネーションやカップル連れ……目の前で光り輝くキラキラしたものを見て、ロンリーな自分を呪わずにはいられなかった。 「中林さんと、歩いてみたいな」  そんな夢みたいなことを、ポツリと呟いてみる。  片想いが嫌いなわけじゃない――むしろ相手を想ってるときの胸があたたかくなる感じや、キュンとする感じは、結構好きである。しかし、あからさまに嫌悪感をむき出しにされたり、拒絶されるとさすがに堪えてしまう。  何度目かのため息をついたとき、目の前のカップルばかりの喧噪の中、ある1組に目が釘付けになった。 「中林さんだ……」  サラリーマン風の男性がしきりに何かを手渡そうとしているのを、中林さんが両手をまぁまぁという仕草をして、なだめているように見える。  それでも食い下がらないサラリーマン。サラリーマンが彼に抱きつくんじゃないかと思うくらいの距離まで、ぐっと近づいた。    そんな彼から逃げようと、中林さんが後ろを振り返りながら体を引いた瞬間、偶然バチッと目が合ってしまい―― 「……?」  不思議顔する俺に、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて、こっちに駆け寄ってくる。そして俺の左腕に迷うことなく自分の腕を、ぎゅっと絡めてきた。  状況が分からない俺はびっくりして、そのままフリーズするしかない。 「遅くなってごめん、待った?」  上目遣いで、中林さんが話しかけてくれたのだが。可愛らしい笑顔で覗きこまれ、あたふたしながら、返答にとても困った。サラリーマンをやり過ごすために、こうやって話しかけられたんだよな? 「いえ、俺も今来たトコだったんで、その…大丈夫、です……」  何とか上手いこと、会話を繋げてみる。サラリーマン風の男性は、俺達の様子を驚いた目で、じっと見つめている状態。多分、さっき俺が2人を目撃したときと、同じ心境だろうな。 「スミマセン俺、恋人いるんで、プレゼントもメアドも受け取れません」  俺の腕にぎゅっとしがみつきながら、はっきりと言い放つ。逆の立場なら間違いなく、ブロークンハートだろう、お気の毒に…… 「そういうことなんですみません、諦めて下さい」  あまりにも惨めな姿のサラリーマンに、思わず声をかけてしまった。  悲壮なサラリーマンをそのままに、中林さんと腕組みしたまま、大通りを歩いて立ち去る。  暫く歩いてからちょっとだけ振り返ると、こちらをじっと見たまま、佇んでいるサラリーマンがまだいて。その様子を心中複雑に思いながら、隣で腕を絡めている中林さんを見ると、さっきまでの柔和な笑みは消え失せ、ぼーっと前方を見ながら歩いていた。 「有り難う、助かった」  俺の視線に気がついたのか、ポツリと一言。 「いえ……。まだこっちを見たままなんで、このまま歩いていいっすか?」  男同士正直、腕を組んだまま大通りを歩くのは、かなり目立つ行為である。だけどサラリーマンをやり過ごすためなのだろう、俺の提案に小さく頷いてくれた。  この状況、中林さんにとっては迷惑だろうけど、俺にとってはサプライズなプレゼントだ。中林さんと2人、イルミネーションの中を歩く。しかも腕を組んで――  さっき考えたことが、現実になるなんて嬉しすぎる。  ぽわ~んと、幸せの余韻に浸っていると。   「さっきの男をやり過ごすのに、君を利用しただけだから。勘違いしないでくれよ」  中林さんが、冷たくピシャリと言い放った。  そうさ、たまたまあの場に、居合わせただけなのだ。偶然だって、分かっているけど……  視線を伏せた俺と目が合った瞬間、すっと腕が解放される。彼がいたぬくもりが、瞬く間に寒風で冷えていった。まるで2人の距離のように。   (――これで、終わりにしたくない)  両拳に力を入れて、大きく息を吸って腹にためる。 「あのっ」 「何か?」  素っ気ない中林さんの返答に、二の句が告げない。でも何か言わなければ…… 「下の名前、教えて下さいっ!」 「何で君に、教えなきゃならないんだ?」  取りつく島のない、冷たい言葉遣い。だけど、負けるな俺! 「中林さんの事が、知りたいんですっ」  彼が困った顔して押し黙る、今だチャンスだ! 何か言って引き留めないと、このまま終わってしまう。 「結婚して下さいっ!!」  焦りに焦りまくった俺は、次に思いもよらない言葉を発してしまった。中林さんの両目が、大きく見開かれ、呆然としたまま固まってしまう。  学生の身分である俺。社会人の彼に向かって、いくら焦っていたとはいえ、何てことを言ってしまったんだぁ……しかも同性同士で、結婚出来るわけがないというのに――  背中は冷や汗ダラダラ、顔面蒼白である。何か言って訂正しなければと思うほどに、言葉が空を切った。口が無情にパクパクするだけで、アホ面もいいところである。  そんなあたふたする俺を見て、固まっていた中林さんがいきなり、お腹を抱えて大笑いをした。 「君って人は、何て大胆なんだよ。自分の名前も言わず突然、俺の名前を聞き出そうとしたり、いきなりプロポーズしたり」  大笑いしたためか、目に涙まで浮かべている。 「俺はこんなことを言うつもりで、言ったんじゃないんです」 「じゃあ何を、言おうとしてたんだい?」  じっと見つめられると、すっごく言いにくい……顔がどんどん、赤くなっていくのが分かる。たった一言、好きですって告げるだけなのに。 「あの……」 「そうだな、この前髪をもう少しカットして、ワイルドに仕上げること」  そう言って、俺の前髪を右手でつまみ上げ、突然チェックを始める中林さん。 「えっと?」 「バンドやってるんだろ? 髪の長いお友達と一緒に。お店に楽器持ち込んで来店していたから、バンドやってるんだろうなって思ったんだ」 「はい……」 「それと前から思ってたんだよね、何となくキャラ被りしてるなって」  摘まんでた前髪を細長い人差し指に、くるくると巻き付ける。 「君のような顔立ちは思い切って、オデコ出した方が似合うと思う。まぁ、俺の好みの話なんだけど」  そう言って、ふわりと笑いかけてくれた。  今まで見た柔和な笑みとは質の違う、穏やかな笑顔に、頭がクラクラするのは必然で。 (――ヤバい、心が根こそぎ持ってかれた……)  傍にいる中林さんを抱き締めそうになって、グッと堪える。ああ、もどかし過ぎる。 「今度のライブ、いつあるんだい?」 「来月、15日にあります……」  ポケットに入ってたチケットを取り出して、中林さんに見せてあげた。いつでもどこでも、誰にでも渡せるよう、チケット持参は当たり前なのだ。 「これ……髪の長い、お友達だよね?」 「先輩方が押さえ込んで、まさやんにメイクしたんです」  先輩方との最後になるライブなので、どうしてもたくさんのお客を呼びたかった。故に女性客だけじゃなく、男性客を呼び寄せるための女装メイクをしたまさやんを、ポスターやチケットに載せていた。当時はこういうのが、流行っていたから。  笑っているように見えるが、しっかり怒っている、残念なまさやんの写真付きのチケットを見て、中林さんが苦笑いを浮かべる。 「君達のライブが気に入ったら、名前教えてあげる」  中林さんは真顔でそう言うと、踵を返して颯爽と行ってしまった。  俺は何も言えずその場に立ち尽くし、暫く呆然としながらも頭を整理する。  名前を教えてもらった先に、一体何があるんだろう……

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