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第3話 出逢い ~賢一side~
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1月に行われるライブの打ち合わせが結構長引き、終了したのは午後10時半をとうに過ぎていた。
ライブハウス前でまさやんと別れ、とぼとぼ大通りをひとりきりで歩く。
街を彩るような、イルミネーションやカップル連れ……目の前で光り輝くキラキラしたものを見て、ロンリーな自分を呪わずにはいられなかった。
「中林さんと、歩いてみたいな」
そんな夢みたいなことを、ポツリと呟いてみる。
片想いが嫌いなわけじゃない――むしろ相手を想ってるときの胸があたたかくなる感じや、キュンとする感じは、結構好きである。しかし、あからさまに嫌悪感をむき出しにされたり、拒絶されるとさすがに堪えてしまう。
何度目かのため息をついたとき、目の前のカップルばかりの喧噪の中、ある1組に目が釘付けになった。
「中林さんだ……」
サラリーマン風の男性がしきりに何かを手渡そうとしているのを、中林さんが両手をまぁまぁという仕草をして、なだめているように見える。
それでも食い下がらないサラリーマン。サラリーマンが彼に抱きつくんじゃないかと思うくらいの距離まで、ぐっと近づいた。
そんな彼から逃げようと、中林さんが後ろを振り返りながら体を引いた瞬間、偶然バチッと目が合ってしまい――
「……?」
不思議顔する俺に、ふわりと柔らかな笑みを浮かべて、こっちに駆け寄ってくる。そして俺の左腕に迷うことなく自分の腕を、ぎゅっと絡めてきた。
状況が分からない俺はびっくりして、そのままフリーズするしかない。
「遅くなってごめん、待った?」
上目遣いで、中林さんが話しかけてくれたのだが。可愛らしい笑顔で覗きこまれ、あたふたしながら、返答にとても困った。サラリーマンをやり過ごすために、こうやって話しかけられたんだよな?
「いえ、俺も今来たトコだったんで、その…大丈夫、です……」
何とか上手いこと、会話を繋げてみる。サラリーマン風の男性は、俺達の様子を驚いた目で、じっと見つめている状態。多分、さっき俺が2人を目撃したときと、同じ心境だろうな。
「スミマセン俺、恋人いるんで、プレゼントもメアドも受け取れません」
俺の腕にぎゅっとしがみつきながら、はっきりと言い放つ。逆の立場なら間違いなく、ブロークンハートだろう、お気の毒に……
「そういうことなんですみません、諦めて下さい」
あまりにも惨めな姿のサラリーマンに、思わず声をかけてしまった。
悲壮なサラリーマンをそのままに、中林さんと腕組みしたまま、大通りを歩いて立ち去る。
暫く歩いてからちょっとだけ振り返ると、こちらをじっと見たまま、佇んでいるサラリーマンがまだいて。その様子を心中複雑に思いながら、隣で腕を絡めている中林さんを見ると、さっきまでの柔和な笑みは消え失せ、ぼーっと前方を見ながら歩いていた。
「有り難う、助かった」
俺の視線に気がついたのか、ポツリと一言。
「いえ……。まだこっちを見たままなんで、このまま歩いていいっすか?」
男同士正直、腕を組んだまま大通りを歩くのは、かなり目立つ行為である。だけどサラリーマンをやり過ごすためなのだろう、俺の提案に小さく頷いてくれた。
この状況、中林さんにとっては迷惑だろうけど、俺にとってはサプライズなプレゼントだ。中林さんと2人、イルミネーションの中を歩く。しかも腕を組んで――
さっき考えたことが、現実になるなんて嬉しすぎる。
ぽわ~んと、幸せの余韻に浸っていると。
「さっきの男をやり過ごすのに、君を利用しただけだから。勘違いしないでくれよ」
中林さんが、冷たくピシャリと言い放った。
そうさ、たまたまあの場に、居合わせただけなのだ。偶然だって、分かっているけど……
視線を伏せた俺と目が合った瞬間、すっと腕が解放される。彼がいたぬくもりが、瞬く間に寒風で冷えていった。まるで2人の距離のように。
(――これで、終わりにしたくない)
両拳に力を入れて、大きく息を吸って腹にためる。
「あのっ」
「何か?」
素っ気ない中林さんの返答に、二の句が告げない。でも何か言わなければ……
「下の名前、教えて下さいっ!」
「何で君に、教えなきゃならないんだ?」
取りつく島のない、冷たい言葉遣い。だけど、負けるな俺!
「中林さんの事が、知りたいんですっ」
彼が困った顔して押し黙る、今だチャンスだ! 何か言って引き留めないと、このまま終わってしまう。
「結婚して下さいっ!!」
焦りに焦りまくった俺は、次に思いもよらない言葉を発してしまった。中林さんの両目が、大きく見開かれ、呆然としたまま固まってしまう。
学生の身分である俺。社会人の彼に向かって、いくら焦っていたとはいえ、何てことを言ってしまったんだぁ……しかも同性同士で、結婚出来るわけがないというのに――
背中は冷や汗ダラダラ、顔面蒼白である。何か言って訂正しなければと思うほどに、言葉が空を切った。口が無情にパクパクするだけで、アホ面もいいところである。
そんなあたふたする俺を見て、固まっていた中林さんがいきなり、お腹を抱えて大笑いをした。
「君って人は、何て大胆なんだよ。自分の名前も言わず突然、俺の名前を聞き出そうとしたり、いきなりプロポーズしたり」
大笑いしたためか、目に涙まで浮かべている。
「俺はこんなことを言うつもりで、言ったんじゃないんです」
「じゃあ何を、言おうとしてたんだい?」
じっと見つめられると、すっごく言いにくい……顔がどんどん、赤くなっていくのが分かる。たった一言、好きですって告げるだけなのに。
「あの……」
「そうだな、この前髪をもう少しカットして、ワイルドに仕上げること」
そう言って、俺の前髪を右手でつまみ上げ、突然チェックを始める中林さん。
「えっと?」
「バンドやってるんだろ? 髪の長いお友達と一緒に。お店に楽器持ち込んで来店していたから、バンドやってるんだろうなって思ったんだ」
「はい……」
「それと前から思ってたんだよね、何となくキャラ被りしてるなって」
摘まんでた前髪を細長い人差し指に、くるくると巻き付ける。
「君のような顔立ちは思い切って、オデコ出した方が似合うと思う。まぁ、俺の好みの話なんだけど」
そう言って、ふわりと笑いかけてくれた。
今まで見た柔和な笑みとは質の違う、穏やかな笑顔に、頭がクラクラするのは必然で。
(――ヤバい、心が根こそぎ持ってかれた……)
傍にいる中林さんを抱き締めそうになって、グッと堪える。ああ、もどかし過ぎる。
「今度のライブ、いつあるんだい?」
「来月、15日にあります……」
ポケットに入ってたチケットを取り出して、中林さんに見せてあげた。いつでもどこでも、誰にでも渡せるよう、チケット持参は当たり前なのだ。
「これ……髪の長い、お友達だよね?」
「先輩方が押さえ込んで、まさやんにメイクしたんです」
先輩方との最後になるライブなので、どうしてもたくさんのお客を呼びたかった。故に女性客だけじゃなく、男性客を呼び寄せるための女装メイクをしたまさやんを、ポスターやチケットに載せていた。当時はこういうのが、流行っていたから。
笑っているように見えるが、しっかり怒っている、残念なまさやんの写真付きのチケットを見て、中林さんが苦笑いを浮かべる。
「君達のライブが気に入ったら、名前教えてあげる」
中林さんは真顔でそう言うと、踵を返して颯爽と行ってしまった。
俺は何も言えずその場に立ち尽くし、暫く呆然としながらも頭を整理する。
名前を教えてもらった先に、一体何があるんだろう……
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