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第5話 出逢い~叶side~2

***    できるなら毎日話がしたい。ずっと傍にいたい。史哉さんを、俺だけのモノにしたい……。想えば想うほど、2人の距離は遠くなる。奥さんの綾さんだけでなく、会社の人間を欺き、隠れて付き合っていくのは、正直つらいことだった。  2人きりの時は何も考えず、史哉さんを独占出来る悦びの余韻に、浸ることが出来た。だけど一歩外に出た瞬間から、罪悪感に苛まれる。まるで、ドラッグに溺れる中毒者みたいだ。  こんな中途半端な愛人生活は、あれから1年も続いている。  史哉さんは綾さんと別れることなく、別居状態を続けている一方で、会社では忙しくしているため、以前より会う回数が、確実に減っていた。  同じように俺も忙しい。営業成績や日頃の態度が認められ、憧れていた店舗責任者になり店と本社の往復で、自宅に帰るのがやっとの状態。  正直なところ精神的、肉体的にも最悪だったけど唯一、心が洗われるときがあった。常連客の中に、屈託のない笑顔で笑う男性がいる。  いつも一緒に来店している髪の長い男性は、片側の口角をあげて笑うのにたいし、気になっている彼は、顔面をクチャクチャにして、本当におかしそうに笑っていた。  俺はあんな風に、笑った記憶がない。特にここ最近は、全くといっていいかも……。  店の女の子達は、髪の長い男性に夢中になっていたが、俺はもうひとりの彼の無邪気な笑顔に、心が捕らわれていた。羨ましくもあり、どこか妬ましかった。  そんなある日、彼が必死に何かと格闘しているのが目に入った。瞳には、涙まで浮かべているように見える(笑)  テーブルを拭くのに、彼の横を何度か往復したが、一向にノートは白紙のまま。 (そういえば俺もバイトに明け暮れて、レポートを大量に出されたっけ)  カウンターに戻り、自分の財布から小銭を出してココアを購入した。そして自ら作る――  彼はいつもコーヒーをブラックで飲んでいたので、甘さ控えめのココアを作ってあげた。  少しドキドキしながら、彼のテーブルにそれを置く。カップに入ったココアをしげしげと見つめてから、不思議そうな顔をして、 「あの……頼んでませんが」  どこか、困惑に満ちた口調で言った。そりゃそうだ、俺の勝手なお節介なんだから。 「考えてばかりいても、進まないよ。甘い物でも飲んで、リラックスしないと」  そう言った俺に対して、ちょっとムッとした表情を浮かべる。チャラチャラした外見と裏腹に、強気な性格なのだろうか…… 「申し訳ないですが、甘い物苦手なんです」  やんわりと断りを入れてるのに、強固な態度を貫く。知らない人からの情けは、受けない主義なのか?  それに、甘い物が苦手なのは知ってる。コーヒーはいつも、ブラックを注文していたよな――  苦笑いしながら手元を覗くと、知っている単語が目に留まった。俺と同じ、経済学部の学生だったのか。  教授の名前を口に出すと驚いた顔をして、じぃっと俺の顔を見つめる彼。小さな目が、いつもより大きくなっていて、可愛らしくみえた。  笑いを堪えながら手元にある資料とペンを拝借して、素早く書き込みしてやる。きっと俺のように忙しくして、谷村教授に目をつけられたんだろうな。  資料の書き込みをしながら、彼を盗み見みすると、こちらをポカーンとした様子で見ていた。  書き込みを終え、資料を手渡そうとすると、あたふたする彼の姿に、またしても笑いが溢れる。まるで史哉さんといるときの、自分を見ているみたいだった。  手元のココアを下げようとしたら、俺の手を制し、飲みますと言う。甘さ控えめであることを告げると、また驚いた顔をした。  店員として、常連客の好みを知ってるのは、仕事の範疇なんだけどね。  林檎のように真っ赤になってる彼から離れて、颯爽とカウンターに戻る。久しぶりに笑わせてくれた彼に、心の中でそっとお礼を述べた。  その後、彼からレポートのお礼を告げられたのだが、お客様への対応宜しく、素っ気ない返答をするしかない。  俺には、史哉さんがいる。だからこれ以上、関わらせるわけにはいかないんだ――  諦めてくれというのを、遠回しではあるが態度に醸し出し、それ以上踏み込ませないよう、バリケードを張った。  それでも彼は週1、2回来店し、コーヒーを注文する始末。あのとき、関わらなければ良かったと内心後悔している矢先に、驚いた珍事があった。  とある常連客のサラリーマンから、クリスマスプレゼントを無理矢理、渡されかけているときに、偶然彼が通りかかったんだ。  目が合った瞬間、この場をやり過ごすアイデアを思いつく。  こういう面倒な客には、視覚的対応で難を逃れるのが1番でしょ!  通りかかった彼を恋人に見立て、すっぱり諦めてもらう作戦を立てたら、思いの外あっさりと成功する。  問題はこの後、彼に俺のことを諦めてもらうには、どうしたらいいものか……折しも今日は、クリスマスイブ。偶然とはいえ、出会ってしまったのだから、告白される可能性はあるだろう。  隣にいる彼の横顔を覗くと、鼻の下が伸びている状態。牽制すべく、君を利用しただけだからと、一応忠告をしてやった。  俺には、史哉さんがいるんだから……どんなに想われても無理なんだ。  彼が告白してきたら言おう。付き合ってる人がいます。(既婚者だけど)  すごく、好きな人なんです。(どんなに好きでも、俺のモノにならないけど)  告白してくるであろうと心の準備しているのに、彼ときたら突然、俺の下の名前を聞いてきた。 (自分の名前を名乗らんヤツに、教えるわけがない!) 「何で君に、教えなきゃならないんだ?」 「中林さんのすべてを、知りたいんです」  俺は押し黙るべく、口を引き結ぶ。次に告白してくるだろうと、予想出来たから。なのに彼から発せられた一言は、意外なものだった。 「結婚して下さいっ!」  あまりの言葉に、息を呑むことしか出来なくて。  史哉さんからは、絶対に出てこないであろうその言葉――史哉さんに言って欲しい言葉をあろうことか、彼がすんなりと言ったのである。  そんな大胆な言葉を発した彼はというと、口を金魚のようにパクパクするばかりで、すごく可笑しかった。  溢れてきた涙を隠すべく、大笑いをした俺。さっきまで、断ることを考えていたけれど止めにした。  無邪気な笑顔をする大胆な彼に、興味を抱いたから。まだ名前も知らない、彼のライブに行ってみよう。

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