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第7話 きっかけ~賢一side~2

***  そしてライブ当日、午前中張り切って美容室に行き、長かった髪をバッサリとカットしてもらう。こういう髪型にするのは初めてだったので、今までとの違いにどうにも不安が拭えない。でもカットしてくれた美容師さんが、 「長いより短い方が、お顔がすっきりしていて、とてもいいと思います」  なぁんて誉めてくれた。中林さんも、気に入ってくれるだろうか……  ドキドキしながら、ライブハウスに向かった。 「けん坊って、短髪の方が似合っていたんだな。さすが年上、伊達に年くってないわ」  俺を見た、まさやんの開口一番である。何かにつけて、年上を非難することを忘れない(苦笑)  中林さんのこともあるけれど、卒業していく先輩方をしっかり送り出すライブだから勿論、気合いは充分である。 「まさやん今日は全力で頑張るから、お互い、悔いを残さないように弾けようぜ!」 「よし、全力で盛り上げよう。俺達が楽しまないと、お客もノれないからな」  そして互いの背中を、渾身の力を込めて叩き合う。昔からの気合いの入れ方なのだ。  先輩方はもうステージにあがり、最後の挨拶をしていた。挨拶が終わったら、俺らの出番。いざ出陣!  まさやんの「イクぜ、お前ら」を合図に、派手なドラムソロから始まる。客席から視線を感じて遠くを眺めてみたら、後方の席に座った中林さんが足を組んで、じっとこちらを見ていた。  彼の存在を感じた途端、体にいらない力が入る。  中林さんを意識しただけで顔が熱くなり、心臓が破裂しそうなほどに、バクバクしてきた。 (どうしよう……体が思うように動かない)  挙動不審な俺を見たまさやんは、ステージ中央からわざわざ、端にいる俺のところに近づいてきて、顎を強引に持ち上げた。異様に顔が近い、何をするつもりなんだ? 「今夜俺の愛で、お前を狂わせたい……」  なんていう信じられない言葉を吐き捨てると、客席から「キャー」と言う悲鳴が聞こえる始末に、心底呆れ返るしかない。  緊張しておかしくなってる俺に、客からは見えないよう、腹にちゃっかりボディブローをしてきた。 「いつも通りの演奏をしろ、大丈夫だ、落ち着け!」  痛みを堪えている俺に、こっそり助言をしてくれたまさやん。その優しさを噛み締めながら、お陰でしっかりと演奏することがが出来たんだ。  ライブ終了後、急いで観客席に行く。中林さんがそのまま座って待っていてくれた。 「あのぅ、どうでしたか?」  恐るおそる訊ねる俺。正直情けない姿の極みかも。 「願いが叶うのかなう、口に漢数字の十」 「へっ!?」 「ライブ良かったよ。見ていてすっごく楽しかった」  そう言って、ふんわりと笑みを浮かべた。愛しいその笑顔を見た瞬間、こみ上げるものがあり、思わずぎゅっと抱きついてしまって――  叶さんはそんな俺の頭を、思いっきりグーで殴る。容赦なしって感じの、すごーく痛いお仕置き。当然か…… 「こっちは名前名乗ってるのに、君はどこの誰ですか?」  ムッとしたご様子で話しかけられ、おどおどしながら自己紹介すべく口を開く。ずっと名前を教えるの忘れてた俺って、バカとしか言えない…… 「山田賢一っていいます。賢一の賢は賢いっていう漢字で、一は漢数字の一です……」 「名は体を表すものなのに、全く賢さが現れていないんだね」  恐々と伝えたら、まさやん並みにザックリくるようなことを言い放ってくれた。だけどその後、渋々といった感じで俺に、小さな紙切れ1枚を手渡す。 「今日のライブのご褒美。しょうがないからメアド、教えてあげる」  そう言って席から立ち上がり、笑顔を見せた叶さん。 「う……有り難うございます!」  思いがけないプレゼントだ。もらった紙を、大事に抱き締めてしまった。 「この後用事があるから、もう行くよ」  そう言い残し、ライブハウスをあとにする叶さんの後ろ姿を、じっと見送った。  名前だけじゃなく、メアドもGET出来るなんて――これって、期待してもいいのかな……  急いで控室に戻り、自分のスマホに早速、叶さんのメアドを入力。  中林 叶と入れて、ちょっと考える。  どこか硬い感じがしたので止めて、愛しの叶さんと入力した。俺のスマホに、彼の名前が入るなんて……  アレコレ考えてポワーンとしていると、背後から声をかけられる。 「おーい、打ち上げ行くぞ。いつまで待たせる気なんだ、コノヤロー!」  まさやんが扉から顔を出したので、俺が嬉々として振り向くと、心底驚いた顔をした。 「ゲッ……何だその締まりのない、だらしない顔……」 「名前だけじゃなく、メアドも教えてもらえた」  ニヤニヤしながら、じゃーんとスマホを見せてやる。 「それで?」 「ん?」 「きちんと告白するなり、押し倒すなりしたのか?」  イライラしながら、まさやんが聞いてくれたのだが――うぅっと押し黙るしかない。メアドをもらった時点ですっかり舞い上がってしまって、それどころじゃなかったのだ。 「押し倒すなんて、まさやんじゃあるまいし……」 「話を誤魔化すな!」  ズカズカ傍まで歩いて来て、俺の頬をつねりあげる。 「イタイ!」 「痛いじゃねぇよ、折角微力ながら協力してやったのに何だよ、この無様な姿」  キリキリとつねる力が強くなる。本気で痛い(涙) 「まさやんだっれ、なかなか告白れきなくて、影から見ちゅめるのが、せぇいっぱいのくしぇに」 「あ゛あ゛!? 俺はそこから、動き出してからは早いんだ。告白だってきちんと鮮やかに」 「押し倒すっ! 痛っ!」  言い終わらない内に、拳骨が飛んできた。しかも見事にクリーンヒット、激痛が頭を襲う。 「まったく……どうしようもない奴だな」 「痛いよ、まさやん」  殴られた場所を、撫でさするしかない。 「折角のチャンスを、棒に振りやがって」 「ゴメン……メアドもらって、すっかり舞い上がっちゃって」  今度はしょぼくれている俺の背中を、いつものようにバシンと叩く。あまりの痛さに、うっと息が止まった。 「まあ、これで終わったわけじゃないしな。それなりに頑張れ」  呆れ顔のまさやんに、笑顔で返す。 「ん……頑張る」  スマホをぎゅっと握りしめた。早速、メール送ったら迷惑かな―― 「1分、待ってやる」 「何?」  不思議顔でまさやんの顔を見たら、どこか分かったような表情を浮かべた。 「けん坊のことだ、早速お礼のメールする気だろ。1分だけ待ってやるから、早くしろよ。外にいる先輩方は、俺が何とかする」  そう言って、控室から出て行った。  ジーン、持つべき者はまさやん。そんな思いやりに感謝しつつ、急いでメールを打つ。 『先程はわざわざライブを見に来て頂き、有り難うございます。とても嬉しかったです。髪型も叶さんが言う通りに短くカットしたんですが、どうでしたか? 賢一』  よし、送信っと。  あ~ドキドキする、何だろこの緊張感。……って、余韻に浸ってる場合じゃない、急いで外にいかなきゃ。 「タイムリミット、ギリギリセーフだな」  壁にもたれ掛かった、まさやんが待っていた。 「先輩方は先に、居酒屋へ行ってもらったから」 「そう、良かった……」  胸を撫で下ろしたときに、ジャンパーに入れてたスマホが震えた。慌てて画面を見て履歴をチェック、叶さんからだった。  ワクワクしながら、メールを見てみると―― 『思っていたより、髪型似合ってた』  この一文のみ……髪型誉められたのは嬉しいけれど、もう少し何らかのアクションが欲しかった。  しょんぼりしている、俺の手元を覗きこむまさやん。 「シンプルisベスト。誉められたんなら、良しとしないと!」  肩をポンポン叩いて、勇気付けてくれる。  用事があるって言ってた中で、返信してくれたんだから良しとしよう。  いつでも連絡出来る、間柄になったんだから……

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