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第7話 きっかけ~賢一side~2
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そしてライブ当日、午前中張り切って美容室に行き、長かった髪をバッサリとカットしてもらう。こういう髪型にするのは初めてだったので、今までとの違いにどうにも不安が拭えない。でもカットしてくれた美容師さんが、
「長いより短い方が、お顔がすっきりしていて、とてもいいと思います」
なぁんて誉めてくれた。中林さんも、気に入ってくれるだろうか……
ドキドキしながら、ライブハウスに向かった。
「けん坊って、短髪の方が似合っていたんだな。さすが年上、伊達に年くってないわ」
俺を見た、まさやんの開口一番である。何かにつけて、年上を非難することを忘れない(苦笑)
中林さんのこともあるけれど、卒業していく先輩方をしっかり送り出すライブだから勿論、気合いは充分である。
「まさやん今日は全力で頑張るから、お互い、悔いを残さないように弾けようぜ!」
「よし、全力で盛り上げよう。俺達が楽しまないと、お客もノれないからな」
そして互いの背中を、渾身の力を込めて叩き合う。昔からの気合いの入れ方なのだ。
先輩方はもうステージにあがり、最後の挨拶をしていた。挨拶が終わったら、俺らの出番。いざ出陣!
まさやんの「イクぜ、お前ら」を合図に、派手なドラムソロから始まる。客席から視線を感じて遠くを眺めてみたら、後方の席に座った中林さんが足を組んで、じっとこちらを見ていた。
彼の存在を感じた途端、体にいらない力が入る。
中林さんを意識しただけで顔が熱くなり、心臓が破裂しそうなほどに、バクバクしてきた。
(どうしよう……体が思うように動かない)
挙動不審な俺を見たまさやんは、ステージ中央からわざわざ、端にいる俺のところに近づいてきて、顎を強引に持ち上げた。異様に顔が近い、何をするつもりなんだ?
「今夜俺の愛で、お前を狂わせたい……」
なんていう信じられない言葉を吐き捨てると、客席から「キャー」と言う悲鳴が聞こえる始末に、心底呆れ返るしかない。
緊張しておかしくなってる俺に、客からは見えないよう、腹にちゃっかりボディブローをしてきた。
「いつも通りの演奏をしろ、大丈夫だ、落ち着け!」
痛みを堪えている俺に、こっそり助言をしてくれたまさやん。その優しさを噛み締めながら、お陰でしっかりと演奏することがが出来たんだ。
ライブ終了後、急いで観客席に行く。中林さんがそのまま座って待っていてくれた。
「あのぅ、どうでしたか?」
恐るおそる訊ねる俺。正直情けない姿の極みかも。
「願いが叶うのかなう、口に漢数字の十」
「へっ!?」
「ライブ良かったよ。見ていてすっごく楽しかった」
そう言って、ふんわりと笑みを浮かべた。愛しいその笑顔を見た瞬間、こみ上げるものがあり、思わずぎゅっと抱きついてしまって――
叶さんはそんな俺の頭を、思いっきりグーで殴る。容赦なしって感じの、すごーく痛いお仕置き。当然か……
「こっちは名前名乗ってるのに、君はどこの誰ですか?」
ムッとしたご様子で話しかけられ、おどおどしながら自己紹介すべく口を開く。ずっと名前を教えるの忘れてた俺って、バカとしか言えない……
「山田賢一っていいます。賢一の賢は賢いっていう漢字で、一は漢数字の一です……」
「名は体を表すものなのに、全く賢さが現れていないんだね」
恐々と伝えたら、まさやん並みにザックリくるようなことを言い放ってくれた。だけどその後、渋々といった感じで俺に、小さな紙切れ1枚を手渡す。
「今日のライブのご褒美。しょうがないからメアド、教えてあげる」
そう言って席から立ち上がり、笑顔を見せた叶さん。
「う……有り難うございます!」
思いがけないプレゼントだ。もらった紙を、大事に抱き締めてしまった。
「この後用事があるから、もう行くよ」
そう言い残し、ライブハウスをあとにする叶さんの後ろ姿を、じっと見送った。
名前だけじゃなく、メアドもGET出来るなんて――これって、期待してもいいのかな……
急いで控室に戻り、自分のスマホに早速、叶さんのメアドを入力。
中林 叶と入れて、ちょっと考える。
どこか硬い感じがしたので止めて、愛しの叶さんと入力した。俺のスマホに、彼の名前が入るなんて……
アレコレ考えてポワーンとしていると、背後から声をかけられる。
「おーい、打ち上げ行くぞ。いつまで待たせる気なんだ、コノヤロー!」
まさやんが扉から顔を出したので、俺が嬉々として振り向くと、心底驚いた顔をした。
「ゲッ……何だその締まりのない、だらしない顔……」
「名前だけじゃなく、メアドも教えてもらえた」
ニヤニヤしながら、じゃーんとスマホを見せてやる。
「それで?」
「ん?」
「きちんと告白するなり、押し倒すなりしたのか?」
イライラしながら、まさやんが聞いてくれたのだが――うぅっと押し黙るしかない。メアドをもらった時点ですっかり舞い上がってしまって、それどころじゃなかったのだ。
「押し倒すなんて、まさやんじゃあるまいし……」
「話を誤魔化すな!」
ズカズカ傍まで歩いて来て、俺の頬をつねりあげる。
「イタイ!」
「痛いじゃねぇよ、折角微力ながら協力してやったのに何だよ、この無様な姿」
キリキリとつねる力が強くなる。本気で痛い(涙)
「まさやんだっれ、なかなか告白れきなくて、影から見ちゅめるのが、せぇいっぱいのくしぇに」
「あ゛あ゛!? 俺はそこから、動き出してからは早いんだ。告白だってきちんと鮮やかに」
「押し倒すっ! 痛っ!」
言い終わらない内に、拳骨が飛んできた。しかも見事にクリーンヒット、激痛が頭を襲う。
「まったく……どうしようもない奴だな」
「痛いよ、まさやん」
殴られた場所を、撫でさするしかない。
「折角のチャンスを、棒に振りやがって」
「ゴメン……メアドもらって、すっかり舞い上がっちゃって」
今度はしょぼくれている俺の背中を、いつものようにバシンと叩く。あまりの痛さに、うっと息が止まった。
「まあ、これで終わったわけじゃないしな。それなりに頑張れ」
呆れ顔のまさやんに、笑顔で返す。
「ん……頑張る」
スマホをぎゅっと握りしめた。早速、メール送ったら迷惑かな――
「1分、待ってやる」
「何?」
不思議顔でまさやんの顔を見たら、どこか分かったような表情を浮かべた。
「けん坊のことだ、早速お礼のメールする気だろ。1分だけ待ってやるから、早くしろよ。外にいる先輩方は、俺が何とかする」
そう言って、控室から出て行った。
ジーン、持つべき者はまさやん。そんな思いやりに感謝しつつ、急いでメールを打つ。
『先程はわざわざライブを見に来て頂き、有り難うございます。とても嬉しかったです。髪型も叶さんが言う通りに短くカットしたんですが、どうでしたか? 賢一』
よし、送信っと。
あ~ドキドキする、何だろこの緊張感。……って、余韻に浸ってる場合じゃない、急いで外にいかなきゃ。
「タイムリミット、ギリギリセーフだな」
壁にもたれ掛かった、まさやんが待っていた。
「先輩方は先に、居酒屋へ行ってもらったから」
「そう、良かった……」
胸を撫で下ろしたときに、ジャンパーに入れてたスマホが震えた。慌てて画面を見て履歴をチェック、叶さんからだった。
ワクワクしながら、メールを見てみると――
『思っていたより、髪型似合ってた』
この一文のみ……髪型誉められたのは嬉しいけれど、もう少し何らかのアクションが欲しかった。
しょんぼりしている、俺の手元を覗きこむまさやん。
「シンプルisベスト。誉められたんなら、良しとしないと!」
肩をポンポン叩いて、勇気付けてくれる。
用事があるって言ってた中で、返信してくれたんだから良しとしよう。
いつでも連絡出来る、間柄になったんだから……
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