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第9話 きっかけ~賢一side~4

***    結局時間ギリギリに、叶さんのお店に到着した。早めに行って、いらない妄想にとり憑かれた挙句に、醜態を晒すのが目に見えていたからである。  店内はもう閉店準備をしているらしく、中は真っ暗だった。  叶さんと会うのは、ライブハウス以来。メールで一方的にアクセスしていたとはいえ、やはり緊張する。  第一声まずは、挨拶からだよな。  メールでお礼はしたけど、ライブに来てくれたことを、直接お礼言った方がいいだろう。正直なところ、今更な話なんだけどさ。  それから―― 「ごめん、待たせたね」  お店の鍵を手に持っている、素敵な叶さんの姿。俺に声を掛けつつ、店の戸締りをする。 「こっ、こんばんわっ////」  まさやんの、あの痛いボディブローを思い出せ、落ち着け俺……  憧れてる叶さんの姿を見ただけで、どうにも落ち着けない。顔の筋肉を引き締めなければ、キリリッ! 「あのっ、この間はライブに来てくれて、有難うございました。お陰でいい演奏が出来ました」  本当はライブ終了後に、言わなきゃならなかった言葉。  叶さんの名前聞いただけで、すっかり舞い上がって忘れた上に、自分の名前も名乗っていなかったという失態ばかり。いろんな意味で恥ずかしくて、顔を上げられません。 「こちらこそ、楽しませてもらったから。行こうか」  そう言って、俺の腕に自分の右腕を絡めて、ゆっくりと歩き出す。突然の行動に、引っ張られるようにして歩くしかなかった。 「かっ、叶さん?」 「しゃんとしろ、俺の恋人なんだから」  上目遣いで、ギロッと睨まれる。  慌てて俺は姿勢を正して、叶さんをリードすべく歩いた。 (はぁ、恋人……いい響きだなぁ)  ポワーンとしかけたら、叶さんが口を開く。 「あの男につけられてるんだ、3日くらい前から」 「あの男って?」 「イブにプレゼント渡そうとした、しつこいリーマン」 「あれで、諦めたんじゃなかったんだ……」 「まったく! ケツの穴の小さい男がやることだからある程度、目をつぶってやったのに。今度は、ストーカーになるなんてさ」  俺も同類な男です、すみません。←こっそり謝る  済まなそうにする俺の隣で、叶さんはかなり憤慨していた。 「ああ……だからあのとき、恋人に見立てた俺を呼んだんですね」 「そういうこと。ひとりでいたら、襲われる可能性だってあるんだし」 「叶さんさえ良ければ、しばらく一緒に帰りますよ。その、心配だから……」  俺の提案に渋い表情を浮かべ、しばらく考える。 「それとも一緒に帰る人がいる、とか……?」 「それはない」  即答、よっしゃ叶さんに恋人はいない!!  心の中ででガッツポーズを取りつつ、何かを考え込んでいる叶さんの顔色を窺う。  そういや、背に腹は代えられないって、メールに書いてあったよな。渋々俺と恋人ごっこしているんだし、期間限定とはいえ、一緒に帰るのが嫌なのかも。  いろいろ考えて、凹みかけてしまった。最初から醜態、晒しまくりだもんな…… 「毎回、お店ってわけじゃないし、本社だともっと時間が遅くなるかもしれないけど、頼んで大丈夫なのか?」 「事前に場所と時間が分かれば、調整出来ます。大丈夫です」  少しでも、叶さんの傍にいたい――こんな俺でも、役に立ちたいんだ! 「有難う、賢一くん」  照れたように笑う叶さんに、俺はもうメロメロ。しかも名前、くん付けで呼んでくれたよ、どうしよう。  たったこんなことで、一喜一憂出来るこの状況って、何だか本当の恋人同士みたいじゃないか。 「で、授業で分からない所があるっていうのは、実は嘘なんだろ?」 「へっ!?」 「去年提出したレポート、半分は予習みたいなもんだし。レポートが出来てるなら、授業に出て理解できてないと、正直おかしいよな」  サックリと痛いトコをついてくる。ああ全てお見通し。やっぱり、叶さんには敵わない。 「うう……理解、出来てますぅ」 「俺も同じように、学生時代レポート提出しているから、知ってるんだって。馬鹿だよな」  そう言って、俺の頭をガシガシ撫でる。 「うち何もないけど、お茶くらい出してあげるよ。飲んでから帰りなさい」 「はいっ!」 「その代わり、変なコトしようとしたら、すぐに追い出すからな」  ギロリと睨む、叶さんの視線が突き刺さる。 「もっ、勿論です、変なコトしません……」  これを言うのがやっとの俺だった。  叶さんの家にあがれるだけで嬉しいことなのに、二人きりの空間なんて――  俺、悶え死ぬかもしれない。

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