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第10話 きっかけ~賢一side~5
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「変なコトしようとしたら、追い出すからな!」
先手を打つ形で、キッパリと釘を刺されたけど、好きな人に手を出さない男なんている?
こっそり、叶さんの横顔を見る。この間会った時とは違う香水の香り、ラフな服を着ているだけで、いつもと全然雰囲気にどこか違って見えた。
サラサラな黒髪をきっちりまとめている様子も、綺麗な顔がはっきり見えるので、もう……ぬおぅ、俺の欲情を掻き立てるには、充分過ぎる材料だぁ。
心の中で身悶えながら、こっそりと頭を抱えた。
俺が孤独に、いろんな欲情と闘ってる間に、叶さんの自宅に到着。マンション3階、鈴のキーホルダーが付いた鍵を扉に差し込む。
色の白い手、細長い指……自分の手に絡ませたい。
やがて扉が開かれ、中に促される。玄関の扉が閉じた瞬間、目の前にいる叶さんに、思わず抱きついてしまった。
(――叶さん好きです、大好きなんです!)
後ろから抱きついているので、叶さんがどんな顔をしているのか分からない。声にならない想いが勝手に力に変換され、ぎゅうぎゅうと叶さんの体を抱き締めてしまう。
「……」
(何も言わない、殴ってもこない――)
逆に、されるがままになってる叶さんに、不安を覚える。まるで、嵐の前の静けさ……
はっと我に返り、放り出す勢いで両手を万歳して手を退けた。
そんな俺をチラリと一瞥し、何事もなかったように、家の中へ入って行く。
何だろ、さっきの視線。哀しそうな目をしていなかったか? もしかして俺が泣かせた? ガーン……
「いつまでそこにいるつもりだい? マジで追い出すよ」
何気にショックを受けてたら、中から怒号が響いた。
さっきとは打って変わり、怒っている叶さん。あの目は、見間違いだったのだろうか?
「お邪魔します……」
おずおずと中に入る。リビングに入ったら、強引に手渡されたマグカップ。
「粗茶ですが、どーぞ」
中身は日本茶、マグカップに日本茶? 不思議顔して叶さんを見ると、
「うちにお客、来ることがないから、これが湯飲み代わりなんだ。もっぱらこのスタイル」
美味しそうに、お茶をすする。
「そこに座れば」
窓辺に向かいながら、コタツを指差した。言われたところに、ちょこんと座る。
「いただきます……」
同じようにお茶をすすったら、カーテンの影から、外を見る叶さん。
そんな彼から視線を隣の部屋に移すと寝室らしく、シングルベッドがあった。
マグカップを持つ手に力が入る。さっき抱き締めたことを、多少なりとも後悔していたのに、また刺激的な材料が……////
「こっち見てる」
ポツリと叶さんが呟く。
「ごめんなさいっ! 勝手にあちこち、見てしまって」
つい、ベッドをガン見し過ぎた。肩をすくめて慌てて、謝罪するしかない。
そんな俺に視線を移さず、ずっと外を見続ける。
「外にいる、ストーカーのことだけど」
呆れた口調で言う。
赤っ恥の俺。穴があったら入りたい……
ズズーンと落ち込んでいる俺の横を通りすぎ、リビングの壁に手を伸ばして、手早く電気を消す。真っ暗な部屋に、カーテンの隙間から月明かりがそっと忍び込んできた。
「叶さん?」
「恋人同士、部屋が暗くなったら、することはひとつだろ」
そう言ってまた、窓辺から外を見る。月明かりを浴びた叶さんの顔は、とても綺麗だった。
「いい加減、諦めてくれないかな」
口調とは裏腹な眼差し。どこか切ないように見える、そして……
「何だか叶さん、淋しそう……」
「うん?」
こっちを振り向いた叶さんの顔は、今まで見た中で一番儚げで、消えてなくなりそうだった。
「俺こんなんだし、頼りないかもしれないけど、何か出来ることがあれば、手伝わせて下さい」
叶さんが好きだから……
想いを込めて口を開いた俺を、心底呆れた顔して、深いため息をついた。
「極力、君に頼ることにならないようにしなきゃな」
「何でそんなに、突っ張るんですか?」
言いながら、自嘲的に笑う叶さんに思わず、怒鳴ってしまった。
「好きな人を助けたいって思って、何が悪いんですか? 俺ホントに、心配しているんですよ」
「賢一くん……」
「そりゃ俺は叶さんよりも年下だし、賢くないし馬鹿だし、スケベだし」
俺はこのとき、すごい言葉を発していることに、全然気づいていなかった。ただ怒りにまかせて、叶さんに想いをぶつける。
そんな俺に対し何も言わず、ただじっと見つめてきた。
「だけど……だけど叶さんを想う気持ちは、誰にも負けないつもりだし勿論、外にいるストーカーなんか、問題が」
問題外と言おうとしたが、言えなかった。叶さんの唇で塞がれたからだ。ほんの2、3秒の出来事、突然すぎて思考回路が停止する。
「ウルサイ、ギャーギャー騒ぐなよ」
ポカーン(○д○)
「それ飲んだら帰りなさい。ストーカーも消えたし」
パチンと音を立てて、リビングの電気をつけた。
俺は慌ててお茶を飲み干す――長居は無用な空気がリビング全体に、ひしひしと漂っていたから。
「お茶ご馳走様でした、それじゃ失礼します」
「明日の予定はお昼頃までに、メール出来ると思うから宜しく」
「分かりました。おやすみなさいです」
そう言って、叶さん宅を後にした。未だ先程のことがどうしても信じられず、キツネにつままれた顔をして家路に辿り着いたのだった。
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