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第11話 きっかけ~叶side~

 助けてくれた彼のライブの日、会社から出発しようとしたら、デスクの上の電話が鳴り響いた。  この鳴り方は内線電話だ、珍しいな。 「中林です」 『叶、俺だけど』  史哉さんの声、どこかの個室からかけているんだろうか。会社で名前を呼ぶことなんて、しない人なのに。 「何か、あったんですか?」 『急に、声が聞きたくなってな……』  ――史哉さん。 『きちんと、食べてるか?』 「適当につまめる物を、つまんでます」  電話の向こう側で、フッと笑った感じが伝わってくる。 『久しぶりに外で、食事でもしないか?』 「今日、ですか?」  この後、ライブハウスに行かなくてはならない……自分から行くと言った以上、キャンセルは出来ないな。どうしよう!? 『今夜なんだが、多少残業しないといけないんだ。だから、10時以降になると思うんだが』  済まなそうに史哉さんが言う。その時間なら、逆に有難い話だ。 「俺もちょっと用事があって、出なきゃならないので、遅くなっても大丈夫です」 『良かった……』 「はい?」 『電話に出たときの叶の声に、元気がなかったから』  慈しむような史哉さんの言葉が、じんと胸に沁みる。無意識に受話器を、ぎゅっと握りしめた。 『じゃあいつもの場所で、待ち合わせしてから行こうか。会社から出たら電話する』 「はい、待ってます」  そうして内線電話を切った。  いつも待ってばかりの俺――たまには我が侭を言って、史哉さんを困らせてみたい。でも実際は思ってることすら満足に言えなくて、ずっと我慢ばかりしている。この状態が当り前の日常と化してしまったせいで、慣れてしまったのもあるよな。  ため息ひとつついてから、その想いを無理矢理に吹っ切り、ライブハウスへと向かったのだった。

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