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幸せのひととき2
***
午後10時、叶さんが指定したコンビニで待つ。店内で音楽雑誌を立ち読みしながら、ぼんやりと待っていた。
「ごめん、遅くなった!」
その声で店に入ってきた人を見ると、息を切らした叶さんだった。
「ちょうど、見たい雑誌があったので大丈夫です。行きましょうか」
叶さんを促して、外に出る。
昨日は腕を組んで歩いたけど、叶さんは俺の横に並んで、静かに歩いていた。その表情からは、何も読み取ることが出来ず――
「昨日はごめん……」
ポツリと呟くように言う。
「そんなに、気にしないで下さいっ。あんなの、蚊に刺された程度の事ですよぅ」
「俺は蚊なんだ……」
ジロリと睨まれてしまった。フォローするつもりが墓穴を掘ってしまうなんて、俺ってばバカ。
「いや、あの、そんなつもりじゃなかったんです。すんません、えっと」
んもぅ、かなり必死。
「好きな人にされて、喜ばない男はいないワケでして、棚からぼた餅みたいな」
「棚からぼた餅なんだ」
呆れたようにため息をつく。
(ん? ……俺今、すごいことを言ってないか)
「どうして素直に、自分の気持ちを言うことが出来るんだ?」
「だって好きな人に、この想いを知ってほしいからです」
――叶さん、好きです――
「俺のどこが、好きなの?」
「……」
「考えこまないと、出てこないんだ」
「全部って言ったら、月並みかなって思って。何かいい言葉が、上手く出てこないし」
そんな、イジワルな口調も好きなんですとは言えない。
「他の人がスルーしちゃいそうなところに気がついて、熱心に仕事してる姿や、意外とドジをやらかして、焦って困ってるトコも好きです」
叶さんが仕事してる場面を、いろいろ思い出しながら言ってみた。
「そんなの表面上のことだろ。俺であって、ホントの俺じゃない」
さらりと、否定してくれたのだが。
「まだ何回かしか叶さんに会ってないけど、分かったことがあります」
これは自信を持って言える。不思議そうな顔をして、俺を見上げた。
「叶さんは素直じゃない、イジワルするときは俺のことを、君って言う」
「確かに、そうだね……」
少しだけ困った顔して、ふっと柔らかく笑う。そんな笑顔も、結構好きなんだ。
「あと今の笑顔、お店で見る笑顔より自然で好きっす」
そう言うと、露骨にイヤそうな顔をしてみせるなんて、やっぱりイジワルだな。
「折角の笑顔が……」
「君には、スマイル有料です」
ああもう、イジワルモードがここぞとばかりに発動。やっぱり、叶さんには敵わない。
昨日の出来事の後で、こんな風に和やかな会話が出来るとは思っていなかった。ひとりでムダにあくせくしたのが、何だか恥ずかしい。
「今日はここまででいいよ、有り難う」
あたふたしてる間に、マンション前に到着。
「ストーカーはつけて来ていないし、諦めてくれたのかな」
「明日は、お店ですか?」
もう、お役御免になるんだろうか――?
「ん……お店の閉店時間に合わせて、お迎え頼みます。それじゃ、おやすみ」
踵を返して、マンションの中に入って行く。
「おやすみなさいです」
今日も俺の想いを、スルーした叶さん。
その気持には応えられない。
そう言ってしまえば終わりなのに、なぜか何も言わない。
誕生日に使われるロウソクよろしく吹き消されたら、ポイされるのだろうか……
「そんなのイヤだ、俺は叶さんの恋人になりたいです」
明かりのついた、彼の部屋に向かって呟いた。
これじゃあ、ストーカーと変わらないや。
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