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幸せのひととき３
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あれからずっと、叶さんのお迎えは続いている。
ストーカーがつけてくるのが、お店の閉店時のみだと分かっても、諦めてつけてこなくなっても、どちらかが次の日の予定を言ったり聞いたりして、一緒に帰宅している。
夜のお迎えが日常化して、俺の中では大切なひとときとなっていた。
この状況が一変したのは３ヶ月後、大学４年の春のある日。
このときは叶さんの家で、大学の課題をやっていた。目の前にいる意中の彼の顔色のせいで、何だか落ち着かなくて、内心ハラハラしていた。
叶さんの様子が、明らかにおかしい――
いつも通り会話をしているんだけど、イジワルに発展するであろう箇所を、何故だか普通の会話にしているのである。絶対におかしい……
試しに、ワザと突っ込んでくれそうな会話を投げかけるが、またしてもスルー。
「叶さん、どうしたの？」
中腰になり、顔を覗きこんでみる。途端にむっとした表情を浮かべ、あからさまに機嫌が悪くなった。
「君に心配される覚えはない。ちょっと仕事が忙しくて、ダルいだけだから」
忙しい……ね。たった数ヶ月だけどほぼ毎日会っているから、嘘だと直ぐに分かった。
忙しいは叶さんの魔法の言葉、誤魔化すときによく使う。俺も見くびられたものだなぁ。
「叶さん、俺でよければ相談にのりますよ。何か、あったんですよね？」
「年下に相談してもなぁ……」
自嘲的に笑って、また誤魔化そうとする。
「叶さんどうして、そんなことを言うんですか？ ワザと俺を傷つけるような発言して、自分を傷つけてる」
笑っている叶さんに対して、プンスカした。
「どうせ俺は、頼りない年下ですよ。叶さんを支えたいと思っても、支えきれないと思ってるから、相談してくれない」
「そんなこと……ない」
視線を伏せ、寂しげな表情を浮かべて俯く。
「賢一くんに、余計な心配かけたくなくて……君の気持を知っていながら、いつも甘えてばかりだし」
「叶さん……」
切なそうな目、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「プライベートなことで、悩んでいるでしょ」
当てはまりそうなことを口にしてみた。
「例えば恋愛の話……かな？」
まさやんと同じ瞳をする叶さん。諦めなければならない、恋をしているんじゃないのか？
「何で、そう思う？」
「俺のアテにならない、勘……」
「そう、賢一くんに分かっちゃうくらい、態度に出ていたんだ」
どこか観念したように告げた言葉。やっと、すべてを話してくれるのかな。
「俺の片想いなんだ。諦めなきゃいけない恋なんだけど、ずっと諦めきれなくて、さ」
そう言うといきなり、俺をぎゅっと抱き締めてきた。
顔を見られたくないのか、肩に額を乗せる。腕ごと抱き締められているので、俺からは何も出来ない状態だった。
「そろそろ、踏ん切りつけなきゃいけないって分かってるんだけど、なかなか……」
「うん……。気持ちは考えても、うまく整理つかないもんです」
そんな叶さんに片想いをしている俺も同じく、諦めがつかないからよく分かるんだ。
しがみつくように抱き締める腕が僅かに震えているものの、ぎゅっと力が入る。
――もしかして、泣いてる!?
羽交い締めされているので、慰めたくても涙を拭うことすら出来ない。
困ったなぁ……
そう思ったときに、叶さんが肩から顔をあげた。
「プッ！ 何その、ヒョットコみたいな顔っ」
俺を抱き締めたまま、それまでの雰囲気をぶち壊すかのような大爆笑をする。
俺の困り果てた顔が、そうなっていたらしい。
「だって叶さんが、こんな抱き締め方するから何かしたくても、出来ないじゃないですか」
「何かって、またイヤらしいことを考え――」
「ちっ、違いますよ////」
大声で全否定！
「じゃあ、こうしてあげるよ」
今度は上半身に腕を回してくれたので、俺も叶さんを抱き締めることが出来た。
「何か……落ち着く」
「はい……」
「嘘ばっかり。心臓の音、かなり早い」
そりゃ、大好きな叶さんをこの腕に抱き締めているんだから、しょうがない。
「叶さんがその人を忘れられるまで俺、待ってます」
「えっ？」
叶さんを更に、強く抱き締める。
「話を聞いたり、こんな風に抱き締めることしか出来ない、頼りない俺だけど、いつまでも待ってます」
「こんな俺で……いいの？」
潤んだ瞳で、じっと俺を見つめる。
「叶さんじゃないと、駄目っす」
「賢一くん……」
淫靡な雰囲気を、ひしひしと肌で感じてしまったので、叶さんから慌てて手を離した。見つめられる視線から目を逸らして、意味なくあちこちを眺め倒す。
「叶さん、そろそろ離れないと、ヤバいです……」
「賢一くんとなら、いいよ」
ソラ恐ろしいことを、口にしてくれたのだが――
「だっ……////ダメっすよ、好きでもない男と一夜を、共に過ごすなんて」
「今夜、彼を忘れさせて」
うるうる瞳の上目遣い口撃に、簡単に撃沈しそうになった。欲望の限界まで、あと少し……
「賢一くんの想いを、俺にくれないか？」
「こ、こんなことをしたら、絶対に後悔し……っ!!」
またしても口封じされる、俺の苦情。
離れようともがく俺を強引に押し倒し、更に深く唇を合わせる。
実際もがいているのは俺だけど、まるで助けを求めるような叶さんの抱擁に決心した。
他の人を好きな叶さんごと、受け止めてあげよう。いつか俺だけを好きになってくれるまで、彼の支えになってあげようと。
この日叶さん家で、一晩過ごすことになった。
これって体だけの関係なのではと思ったが、隣で幸せそうに眠っている叶さんを見たら、どうでもよくなってしまったのだった。
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