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別離……そして未来へ3

***    俺も叶さんも忙しい中、メールでそれぞれ近況報告をしていた。しかし社会人の叶さんのメールが半日から1日、2日と返信が遅れていく。  倒れる寸前まで働いているのではないだろうかと心配しても、情けないことに何もできない俺。 「差し入れでもすれば?」  なぁんていう、まさやんからナイスなアイディアを戴き、おにぎりやおかずを作って、叶さん宅の扉に引っ掛けておいた。  どこかに出張してたらアウトだけど、何もしないよりはいい。  俺も忙しいので毎回差し入れは出来なかったけど、時間が出来たらまずは料理を作って、叶さん家に届けていた。  こんな状態が2週間以上続く、俺は叶さん切れを起こして、倒れそうだった。  それまでずっと、べったりじゃなかったけれど、一緒に過ごした時間があったので、それを支えに会えなくても、誤魔化してやってきていたのだが――  メールの返事も、現在全くございません。  俺の想い同様、スルーだよ。俺のしつこさ(告白とかその他諸々)に、ウンザリしていた叶さん、もしかしたら飽きられた? こんなバカな男には、付き合ってらんないよって。  そんでもって自然消滅謀るべく、連絡をとらない作戦でいるとか? 日ごろポジティブな俺でも叶さんが絡むと、どうしてもネガティブになってしまう。  豆腐の角に、頭ぶつけて死ねたら楽なのに……  バンドの面接会場にしている、ライブハウスに向かいながら、そんな不可能なことばかりを考えていた。  通りを歩きながらふと横を見ると、叶さんの勤めている本社が、どーんとそびえ立っていて。のん気にそれを見上げてしまう。  ここに入ったら、叶さんがいるのかな、会いたい。会えなくてもいい、こっそり覗いて、同じ空気を吸いたい←かなり重症  もしくは、叶さんが触ったであろう物に触れるだけでもいい。偶然、出てきてくれないかな――  面接の時間が刻々と近付いているのに、ぴたりと足が止まったままだ。  叶さん、会いたい…… 「いい加減にして下さいっ」  聞き覚えのあるこの声、俺を叱るときの声と違って、落ち着いているけど叶さん! 一瞬会いたさで、幻聴かと思ったが間違いない。  この喧噪の中、どこかにいるに違いない。人混みをかき分けるように、必死になって捜しはじめたら。 「か、なう……」  すぐ傍から、男の人の声も聞こえた。しかも、下の名前を呼んでいるなんて。    頭が目紛しく混乱し、胸がドキドキした。拒絶するセリフの叶さんと、下の名前で呼ぶ男性は一体、どんな間柄なんだろう。 「会社前なんですよ、誰かに見られたらど……」  声のする方に進むと、ちょうど倒れかけた叶さんを発見した。  あぶない! 「かなうさ」 「叶っ!?」  俺が駆け付けるよりも早く、近くの男性が叶さんを抱きとめる。まるで壊れ物を扱うように、大切に抱き締めている様子に、うっと息を飲んだ。  男性は、30代後半から40代くらい――叶さん好みの、ワイルドな感じ。体格もほっそりとした俺とは違い、ガッチリしていて、叶さんを丸ごと包んで守ってくれそう。  そんな絵になるふたりが、俺の目の前にいる。きっとこの人なんだ、叶さんが好きだったという男性。 「君は?」  その男性が訊ねてきて始めて、自分がその場に突っ立っていることに気がついた。相変わらず、何もできない俺。  男性は俺の顔を、じっと見つめ続ける。その視線を受けながら、やっと口を開いた。 「あの……か、中林さんの大学の後輩です。彼が倒れたのが、見えたので」 「そうか、叶の大学の後輩。話には聞いてる、君だったのか」  フッと笑って、俺を受け入れる感じが眼差しにうつる。器の大きさがその目に表れていて、叶さんが好きになるのが、分かる気がした。 「俺は、叶の上司の水戸です。済まないが彼を運ぶのを、手伝ってくれないかい?」  叶さんを抱き上げたとき、彼の左手薬指に、きらりと光る指輪が目に入って。  それで、全てが分かってしまった。  だから、諦めなければいけない恋だったんだ。既婚者が相手だから――  複雑な心中で無言で頷くと、叶さんを抱きかかえた水戸さんと一緒に並んで、会社に向かった。

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