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別離……そして未来へ4
後頭部を硬い物で、殴られた感じ。しかも連打で――
諦められないくらい好きな人と、叶さんが不倫していたという事実。その男性に抱きかかえられている彼を、すぐ傍で見るのがとてもつらかった。
変な緊張感で喉がカラカラに乾き、手が震えてしまう。
俺とこの人とじゃ、天地の違いだよ。道理で好意を抱かないわけだ。キャラから何から違いすぎる。
「扉の開閉を、頼んでいいかい?」
物腰の柔らかい話し方や学生の俺に対して見下すような扱いをせずに、大人な対応をしてくれる。
「はい、どうぞ」
会社の扉を開けて、ふたりを先に入れた。
「医務室は向かって右側の廊下、奥にあります」
「分かりました」
俺はふたりより早く医務室に行き、扉を開けておく。
水戸さんは時々気遣うように、叶さんの顔を窺う。心配そうな目をしているけど、愛しそうに見つめているように感じてしまう。
(叶さんは俺のだっ!)
そう喉の奥から出そうになるのを、グッと堪えた。今はそれどころじゃない。両手を握りしめて、何とか我慢する。
青白い顔の叶さんを優しくベッドに寝かせて、傍にある椅子に静かに腰かける水戸さん。
俺はこれ以上、何もすることがないので、失礼しようと口を開きかけた刹那、
「まったく叶は、相変わらず頑張りすぎなんだよな。あまり食べない状態で、毎日残業を続けて無理をした結果、貧血起こしたんだろう」
「そう……ですね」
きっと、睡眠時間も削っていたかもな。いつもそうやって、全力投球する人だから。
「君は今、叶の恋人なんだろ?」
唐突に聞かれたせいで、何だか言葉に詰まる。
「はい……」
それ以上の言葉が出てこない。水戸さんから見たら、頼りない恋人に見えるだろう。
「俺はまだ、叶が好きだ。諦めたくない」
そう言って、挑むような目で俺を見た。その視線に、やっと言葉を見つける。自分を鼓舞すべく、両手をぎゅっと握りしめた。
「でも水戸さんは、結婚してますよね? それって」
「妻とは別れる。俺が不倫しているのが分かってしまったからね」
「だけど今、叶さんは俺と付き合ってますっ!」
叶さんが俺のことを、好きかどうか分からないけど。
すると水戸さんが俺の目の前に、叶さんを奪わせないよう様な感じで、音もなく立ち上がった。漂ってくる大人の威圧感に、思わず1歩退いてしまう。
「俺は負け戦しない。奪う自信、あるよ」
俺は考えた。
諦めなくてはならないくらい、好きだった人が、もしかしたら手に入るかもしれない現状になっているんだよな――
叶さんが、ずっと好きだった水戸さん。
俺が彼を諦めれば、すべて丸く納まるのではないかと。
胸が痛いくらい苦しい……体の震えが止まらない。
俺は下唇を噛んで踵を返し、医務室から走って出て行くしかなかった。
反撃する言葉が、何も見つからない。
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