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遠距離恋愛から6
***
その夜、まさやんが現れたのは午後9時過ぎ。ちょっとだけ、残業が入ったらしい。
「ごめんね、忙しいのに」
「大丈夫だ。一緒に買い物したい物があったから、俺としては丁度良かった」
そう言って荷物を手渡してくれるその手に、買い物代行手数料をプラスしたお金を払った。
「チップまで弾んでくれて有り難い。介護大変だろうと思ったが、全然そんな感じじゃないな」
「何で?」
不思議そうに俺が聞くと、ため息を一つついて、ウンザリ顔のまま言う。
「そんなデレデレした顔してるんなら、手伝わなくても大丈夫だろ」
「だって、叶さんが傍にいると思うと、自然とこんな顔になるんだ」
後ろを振り返って、その存在を肌で感じてみた。
「そういえばまさやん、目が悪かったっけ? メガネなんかしてさ」
「ま……いろいろとな。童顔だから、ナメられたくないんだ」
「会社でキレ者のまさやんを、ナメるヤツなんていないでしょ」
俺が笑いながら言うと、メガネの奥の瞳が光った。その様子、マジでコワイんですが。
てっきり俺を睨んでいると思ってたのに、何だか後方を見ているような?
不審に思って振り返ると、パジャマにカーディガンを羽織った叶さんが、リビングに立っているではないか!
さっき安らかに、しかばねの如く寝ていたはずなのに、今頃どうして――
俺と目が合った叶さんは、和やかな笑顔を浮かべ、こっちにやって来た。
その柔和な笑顔が、逆にコワイ……
なぜか玄関の隅っこに、慌てて避ける俺。
その叶さんの笑顔に、対抗すべくなのだろうか。まさやんも、いつものニヒルな笑みで返す。
「まさやんくん、久しぶりだね」
「アナタに、まさやんくん呼ばわりされる間柄ではないんですが?」
「それは失礼、では何て呼んだらいいでしょうか?」
「名乗りが遅れて申し訳ないです、鎌田 正仁 と言います」
「俺は中林 叶と申します」
ひ~、何か見えない火花が散ってる。絶対何かあるよ、お互いの目線の中央にっ!
俺のハラハラをよそに、どんどんふたりの会話が展開されていく。
「日本に帰国して早速風邪を引くなんて、向こうの空気の方が、あっていたんじゃないんですか?」
「そうかもしれないね。向こうでは常に、快適な環境で過ごしていたし。こっちに帰ってきたら、誰かさんに雑に扱われるから、ショックで寝込んでしまったのかも」
(その誰かさんって、俺のことでは――)
「ここは日本ですからね。年上だからってワガママ放題は、どうかと思います」
フッと微笑みながら言う。←目が全く笑ってない、氷の微笑だよ
まさやん、もうこれ以上止めてくれ。叶さんも、もう布団に入ってくれ……
「今日は、何をしに来たんだい?」
「勿論お見舞いですよ。3日間も寝込んでいたそうで、大変でしたね」
「何年かぶりに風邪を引いたから、重くなったみたいだよ」
「そうですか、バカは風邪を引かないですからね」
「俺のお見舞いに来たのに、随分賢一と仲良さそうにここで、喋っていたようだけど」
「賢一くんの会社に、年下でスタイル抜群の可愛い女の子がいるって、話を聞いてたんです。本人が紹介を渋ったので、追求してただけなんですが?」
――そんな話、一言も俺言ってないし。どうして今、ワケの分からん話を、唐突に振ってきたんだ?
answer=年上彼と別れてしまえ作戦!
俺は顔を青くして、金魚のように口をパクパクした。その様子にまさやんは、可笑しそうに笑っている。
んもう、悪魔の微笑みにしか見えない……
「ナイスバディで儚げで、頼ってくる姿がそそるって、賢一くんは言ってましたよ」
「へえぇ、そんな可愛い年下の女の子がいるから、会社で頑張れるんだね」
叶さんの笑みもコワイ、目が全然笑ってない。
実はだいぶ前に、この話をまさやんにしていたのだ。でもまったく渋った覚えはない、むしろまさやんがその話を断ったのに。
今直ぐに消えてしまいたい、むしろ誰か殺してくれ!
「また何かあったら情報、リークしますか?」
「そうだね。離れている間に、何か他にもありそうだし……頼もうかな」
「分かりました、それじゃお大事に。失礼します」
片側の口角だけあげて、爽やかに去って行くまさやん。俺のお助け視線をスルーして、逃げるように出て行った。
あの、してやったりな顔――今度会ったときに、厳重に抗議しなきゃ!!
「まさやんくん、大学時代よりもいい男になったな」
「はい、そうですね。ははは……」
「それに比べて賢一は……まったく変わってない上に、年下のナイスバディな女の子に、ムラムラしていたという事実っ!」
俺の腕を凄い力で掴んで、リビングへと誘導する。
「俺はナイスバディじゃないし適度に年上だし、さぞかしご不満あるだろうねぇ」
「ご不満なんて、そんなことはないですよ。誓いますっ!」
なぜか俺はリビングに正座して神様仏様ヨロシク、必死に拝み倒す。
まぁ何を言っても無駄なのは、分かってるんだけどね。こうなったら、どうあっても怒りはおさまらないだろう。
「そっ、それよりも叶さん、早く寝て下さい。治りかけが、風邪には良くないんだから」
「そんなの、とっくに治ってる」
「だって熱、あったじゃないか」
「そんなの、どうにかすれば簡単に上げられる」
そう言って俺の前にしゃがみこみ、視線を合わせてくれた。叶さんの瞳の中に映る俺の顔は、恐怖に満ちている状態に見える。
そんな俺の頬を、両手でグイッとつねった。
「いらいれふ……」
「ホントはもっと、イジメてやろうと思ったけど止めた」
意味深な笑みを浮かべ、今度は俺の服をいそいそと脱がしにかかる。それだけじゃなく、この場に押し倒すとか――目の前にある叶さんの瞳から、欲情が溢れているように見えるのは、気のせいなんかじゃない。
「ちょ、ちょっと//// いきなり何!?」
「風邪で体が鈍ったから、リハビリする。手伝ってくれるだろ?」
でも、なぜだか営業スマイル……この笑みは裏に何かがあるよ、きっと!
「りっ、リハビリって、叩いたり縛ったりとかはないよね?」
「何ワケ分からないこと、言ってるんだよ。そういうのがしたいのか?」
「したくない、したくないっ! ノーマルなのがいい」
慌てる俺に、ふんわりといつもの笑顔。叶さん……?
「まさやんくんに、すっかり翻弄されちゃったよ。責任、とれよな」
そう言って、俺にキスをしてきた。柔かい叶さんの唇、いつもの体温。
良かった、ホントに治ってる――
俺が叶さんを抱き締めると、今度は耳元に唇を寄せて、そして――
「賢一、愛してるから……」
優しい口調の愛の告白――その言葉の続きを遮って、俺から口づけてあげた。さっきのキスが物足りなくて、言葉を遮り俺からキスをする。
叶さんが帰って来た、傍にいる。
嬉しくて、ギュッと体を抱き締める手に、力が自然と入ってしまった。
リビングの床で押し倒されているのは俺なのに、上に乗ってる叶さんを襲ってるなんて、何だか変な感じ。
体勢は簡単に入れ替わる事が出来たけど、今はこの愛しい重さを、直に感じていたい――
キスの合間に、漏れ聞こえる吐息に満足しながら、叶さんが羽織っているカーディガンを脱がしていく。
「んっ、賢一……ぁあっ」
途中苦しくなったのか唇を離して、肩で息をする。そんな叶さんの顔を、両手で包み込んだ。
人差し指は、耳の後ろにスタンバイ。以前、まさやんに教えてもらった技である。
「逃げたらダメだよ。まだリハビリは始まったばかりなんだから……」
右手を後頭部に回して逃げた叶さんを捕まえ、再びキスをした。
左手指を使って、耳の後ろから首筋を滑るようにゆっくり、優しく撫でていく。途端に甘い吐息が、口元から漏れ聞こえてきた。
ああ、新鮮……久しぶりだっていうのもあるけど、いつもの叶さんだったら。
『あ……んっ、今のは感じてないんだからなっ////』
なぁんて、見苦しい嘘をつく。逆にそれが分かりやすくて、何度も責めちゃうんだけどね。
なのに今夜はそれがなく、いつになく素直な姿に、俺も堪らなく欲情しているのである。
「叶さん、ちょっとだけ太った?」
叶さんの顔を覗きこみながら聞いてみる。パジャマの上から抱きしめたときに、何となくだけど、肉つきがよくなったように思ったのだ。特に腹周りが……
当然叶さんの顔には、しまったと書いてあるわけで(笑)
体形の変化に困ったんだろう。視線をあちこち彷徨わせる。3日間焦らされたんだ、多少苛めてもいいよね。
パジャマの下から、直接肌に触れてみる。下腹部を上下に、優しく撫でさすってみた。
「何だ、それ?」
「重力に負けたであろう叶さんのお肉を、マッサージで少しでもなくそうかと思って」
だけどこのムッチリ感も何となく、艶かしい気もするな。変に痩せないように尚且つ、スレンダーな体型維持のレシピを考えないと。
ムラムラしながらも、きちんと今後の事を考えている俺に、
「(●д●)!」
叶さんが俺の大事なトコを、ズボンの上から鷲掴みした。その掴む手の力の、強いことこの上ない。
「さっきから何か、良からぬことを考えているだろう?」
「もっ、勿論ふたりの明るい未来について、ですよ……」
叶さん、優しく取り扱って欲しい。俺がどんだけこの日を、夢見てたか知らないだろう。
看病してる時に体の汗を拭いてあげたり、寒いからと布団の中で抱き締めてあげたら、耳元でハァハァされたり、お粥を食べさせる時の口の半開きだったり……
ありとあらゆるモノがアレに繋がって、すっごく悶絶していたんだぞ!
「叶さん優しくして下さい。俺自身が死んじゃいますぅ」
とにかく今はかなり敏感なので、優しくされたらされたで問題なのだが、痛いよりはマシ。
やっぱり叶さんには敵わない、少しでも優位に立とうとした俺がバカでした。
涙目で訴える姿に、してやったり顔の叶さん、俺から手を離して立ち上がる。
「背中、痛くないか? 重たかっただろ」
背中よりもアソコが痛かったですとは言えず、苦笑いしながら口を開いた。
「叶さんの重さは、愛に比例してるんで大丈夫です」
よいしょと起き上がろうとしたら、叶さんが手を貸してくれる。その手を掴んで立ち上がり、ふらつく叶さんを捕まえた。
「離れてる間に、いろんなところが変わってるみたいだから、入念に検査して叶さんのリハビリしないとね」
そう言って、耳たぶにキスをしてあげる。
「賢一もその……変わったよ」
「何が?」
「何がって、アレだよ……その……ゴニョゴニョ」
顔を真っ赤にして、俯きながら何かを言ってる叶さん。すっごく、可愛すぎるんですけど。
「口に出来ない、何かが変わったんだね。さすが、目の付け所が違うなぁ!」
「だーっ//// 違う違うっ」
反論しながら暴れる叶さんを、布団まで連れて行く。そして荒っぽく押し倒した。
――勿論、今度は俺が上。
「俺が変わったのを、叶さん自身で体感して下さい。どれだけ恋い焦がれていたのかを」
「賢一……」
「この3日、手を出せずにいたのが辛かったか、分からないでしょうね」
どれだけアナタと、ひとつになりたかったか――
「すっげぇ、愛してるんスよ叶さん。せめて今日くらい、素直になって下さい」
「俺も賢一のこと、すっげぇ愛してるよ」
自分にだけ見せてくれる、スペシャルな笑顔。もう、どうしようもなく好き――
「なぁ賢一。俺が素直になったら、スゴいよ?」
白くて細長い腕が、首に絡められた。
「どう……スゴいんスか?」
「賢一自身で、体感してくれ」
重なるふたりの唇――絡まるふたりの熱い想い。
今まで離れていた距離を縮めた夜。勿論この夜一晩中リハビリに勤しんだ、ふたりでありました。
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