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別々のとき

 数日後、俺は会長に呼び出されていた。会長室へ行く前に、当然今川部長をその場へと引っ張って行く。 「もう覚悟を決めましょう、今川部長。俺も限界なんです」  朝比奈さんに振り回されるのも、ある意味限界。 「だがな山田くん、俺はまだ心の準備が……」  俺は今川部長が逃げないように、腕をがっちりホールド。 「朝比奈さんのことが好きなんですよね? 彼女のために、頑張れないんですか?」  体をビクッと震わせて、その後顔を真っ赤にさせる。本当に分かりやすい。 「ここはいっちょ、格好いいところを見せて、会長に認めてもらわなきゃ、ですね」  俺はダメになったけど、せめて今川部長と朝比奈さんは上手くいってほしい。  心にぽっかり空いた隙間を隠すように、無理矢理笑顔を作って、今川部長を励ます。  自分の恋と引き換えにしたんだ、絶対に何とかしてみせる。 「おや、わざわざ今川部長が、山田くんを連れてくるとは」  会長はにこやかに、俺達を招き入れてくれた。隣にいる、今川部長の顔色が優れない。多分、緊張しまくっているんだろう。 「山田くん、蓮とはどうかね?」  その言葉に、俺はゴクリと唾を飲む、いよいよだ。 「その件で私から、お話があります」  大きな声で言い放ち、俺の前に出て話を切り出したのは、さっきまで緊張しまくってた、今川部長だった。 「何だね、改まって?」 「実は蓮さんとお付き合いしているのは、私なんです」 「なっ……冗談を言ってるのかね?」  ああ、始まった―― 「蓮さんのご両親亡き後、会長が手塩にかけて、育て上げたのは存じております。その大事な蓮さんを、私のような」 「冗談も休み休み言いたまえ! 貴様のような男に蓮はやれん!」  会長、ご立腹モードスイッチオン。さて俺の出番かな。  フォローしようと口を開きかけた刹那、後方にある扉が勢いよく開いた。  振り向くと、会長同様にご立腹モードスイッチオンになっている、朝比奈さんがいるではないか。 「おじいちゃん、私はマットが好きなの。反対したって、ムダだから!」  ――はぁ、役者揃い踏みだな。 「会長、マットとは今川部長の愛称です。まさとだから、マットだそうで……」  俺はヒヤヒヤしながら、要らない説明をする。余談だが、まさやんもまさひとなので、愛称マットになる。まさやんの彼は、どんな愛称つけたのかな? 「蓮、世間体を考えなさい。今川部長と何歳、離れてると思ってるんだ。しかもバツイチなんだぞ」  俺が15歳年下の子と付き合うのを考えたら、犯罪の域に入る。 「世間なんか、どうでもいいわ! 好きに言わせておけば」 「蓮っ!!」 「マットはね、会長の孫とか私の体が目的で、付き合ったんじゃない人なの。朝比奈 蓮自身を見てくれた、唯一の男なんだからっ!」  華やかなバックグラウンドに、見惚れてしまうナイスバディ、意外と朝比奈さん苦労してるんだ。 「おじいちゃんが認めてくれないんなら私、家を出てマットん家に行く」  強行手段ですか、朝比奈さん。きっと、天国のご両親が泣いてるよ。 「もう、やめなさい」  会長が怒りで、言葉が出ない状態になってるときに、今川部長が静かに言い放った。 「朝比奈さん、君がうちに来ても、受け入れはしないよ」 「マット?」 「私はね、君には会長を含め、周りから祝福されて、幸せになって欲しいと考えているんだ」  朝比奈さんの瞳をしっかり見ながら、優しく説明する今川部長。俺を励ました時の眼差しと同じだった。 「しかも、先ほどおこなった会長とのやり取り、口の聞き方がなっていませんよ。朝比奈さんを思いやっての言葉なんです、謝りなさい」  朝比奈さんは愛称で呼んでるのに、今川部長は名字で呼んでるのかな。  つぅか小型凶暴犬の朝比奈さんを、いとも簡単に操作しているよ。叶さんはシェパードやドーベルマンのような、大型犬だけどね――  今川部長は朝比奈さんの両肩を抱き、会長に向き直させる。 「ほら、謝りなさい」 「おじいちゃん、ごめんなさい……」  そう言って、きちんと頭を下げた。 「会長に反対されるのは、当然だと思います。しかし私も、彼女が好きなんです。認めてもらえるまで、何度でも足を運びます」  同じように会長に、頭を下げる今川部長。水戸さんが言ってたように地道な努力家だから、きっと足繁く通うことになるんだろう。  テンションの違う凸凹カップルを、温かい気持ちで見つめた。何だかんだ、お似合いなふたりだ。 「今川くん……どうやって蓮をそこまで、素直にさせたんだ?」  ぱちぱちと、目をしばたかせる会長。 「家でワシの言うことなんて、まったく聞かないのに、このしおらしさ……」 「おじいちゃん、マットが私を変えてくれたの。彼じゃないと駄目なんです」 「俺からもお願いします、ふたりの交際を認めて下さい」  やっと自分から、何かを言い出すことが出来た。俺ここまで、何も言ってなかったから、正直焦ってしまったんだ。 「蓮が、ここまで信頼しきっている男なら、認めざるおえないだろうな」  絞り出すような会長の言葉に、喜んだ朝比奈さんが、今川部長に抱きつく。  おいおい……  そんな朝比奈さんを視線で制し、体勢を整えてから、 「有り難うございます」  言いながら、ふたり合わせてお辞儀をした。その姿に俺は、おめでとうを込めて拍手を贈る。 「さあ、3人並んで写真を撮りましょう!」  俺が提案すると、イヤそうな顔をしたのが今川部長。 「今月末に発刊される、社内報に載せましょう。じゃないといつまでたっても、社内の男共の魔の手は、朝比奈さんを狙うと思いますよ?」  俺が言うと朝比奈さんも、今川部長に哀願する。渋々了承した今川部長と朝比奈さん会長の写真を、持っていたスマホで撮影した。  一仕事終えたので、会長室を退室しようとしたら、 「ところで山田くん、何をしにここに、来たんだっけか?」  と会長に問われ、今川部長を見る。今川部長は相変わらず困り顔、正直俺ってば写真を撮る以外、何もやってないに等しい。 「この写真を撮影するのに、この場にいただけです。失礼します」  和やかな3人を確認して、会長室を後にする。  これで俺の仕事も、落ち着いて出来るな。ここんとこ、振り回されてばかりいた。ふたりのことも自分の恋愛も。  月末、今川部長と朝比奈さん会長公認の交際は、センセーショナルな記事として取り扱われ、社内を駆け巡ったのだった。

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