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別々のとき2

***    ひとり静かに、カップラーメンで夕飯中、玄関の扉をガンガン叩く迷惑な音がした。呼鈴があるのに、どこぞの旦那が家を間違えて、奥さんを呼び出しているらしい。  そう思って玄関に行くと、 「けん坊開けろぅ、俺だ!」 (まさやん……珍しく泥酔している?)  慌てて扉を開けると、にっこり微笑んでいる姿があって、手にはビニール袋に入った缶ビールが。 「けん坊の失恋記念を祝して、乾杯しに来た」  そう言うと、ズカズカ勝手に中に入る。 「珍しいね、まさやんが酔っぱらってるなんてさ」 「ちょっと、大きな仕事が上手いこといって、ご機嫌なんだ」  そう言って腕組みしながら、リビングの様子を見回す。 「まだ彼の私物、置きっぱなしかよ。いい加減、捨てたらどうだ?」  捨てる勇気があるなら、とっくに捨てるさ……  俺は苦笑いしながら、まさやんから缶ビールを受け取った。  ふたり同時に、リングプルを開けて乾杯。ビールの苦味が、喉を駆け抜ける。 「まさやん悪いけど、しばらく作曲は出来そうにないから」 「何で?」 「頭ン中にずっと、槇原敬之のもう恋なんてしないが、エンドレスで流れててさ。離れないんだ」  持っていた缶ビールを、ぎゅっと握り締める。 「もう恋なんてしない……か」  溜め息をつきながら、まさやんが呟いた。 「もうこの歌詞が、すごくリンクしちゃってさ、どうしようもない状態で。実際叶さんが作る朝食、本当に美味しくないし、今は自由で自分のしたいことを思いっきり出来るのに、何か淋しいし」 「けん坊……」 「いつもより眺めがいい左に、少し戸惑ってるってトコは、俺の場合右側でさ。どうして右かっていうと、利き手をふさいで主導権をとろうとする、叶さんの作戦だったりするんだよ」  笑いながら言うと、切なそうな顔をするまさやん。 「でもねやっぱり、叶さんの私物を整理出来ないや。ゴミ箱抱えることが出来ないトコは、一緒じゃないね」 「分かったから、もう止めろよ」 「昼間は大丈夫なんだ、仕事に集中していれば、何も入ってこないから。だけど会社から1歩出た瞬間から、見えない何かが、俺を襲うんだ。日を追う事に、どんどん強く……」  缶ビールをテーブルに置き、膝を抱えた。 「もう元には、戻れないのか?」 「あれ? まさやんってば、別れて良かったと思ってたんじゃなかったっけ?」 「まぁな。だけど今のけん坊の姿は、もっと見たくないよ」  泣き虫だった俺が泣かずに、自虐的になってる姿は、すごく情けないもんな。 「同じ物を見て感動したり、同じ物を食べて美味しいって言ってたのが当たり前過ぎて、思い出すと懐かしくなる」  例え、ありきたりな小さなことだって、繰り返せば大きくなる、それが身に染みる感じだ。  叶さんを、忘れることが出来るんだろうか――? 「よし、落ち込んでいる営業企画部のリーダーに、大きな仕事を引っ張ってきてやろうじゃないか!」  バシンと背中を、思いっきり叩くまさやん。へたってる俺に気合いの一撃は、かなり痛いよ。 「私生活を忘れるくらい、忙しくしてやるから覚悟しておけ。今の俺には、怖いモノなどない」 「横にしっかり、可愛い彼氏もいるしね」  笑いながら言うと、途端に機嫌が悪くなる。  久しぶりにリビングに、活気があるのが嬉しい。ひとりきりの夜は、とても長いから。

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